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忠度の登場する唱歌があります。

明治39(1906)に発表された『尋常小学唱歌 第四学年 上』「青葉の笛」(作詞:大和田建樹、作曲:田村虎蔵)は、発表時のタイトルが「敦盛と忠度」だったことからもわかるように、1番は平敦盛が、2番は平忠度が主人公です。
昔、祖母が良く歌っていたのを思い出します。

青葉の笛

一の谷の 軍破れ
討たれし平家の 公達あわれ
暁寒き 須磨の嵐に
聞えしはこれか 青葉の笛

更くる夜半に 門を敲き
わが師に託せし 言の葉あわれ
今わの際まで 持ちし箙に
残れるは「花や 今宵」の歌


しかし、この歌、小学4年生には難しいと思います。
そもそも『「花や 今宵」の歌』というのは、平家物語に登場する

行き暮れて 木の下蔭を 宿とせば 花や今宵の あるじならまし

という忠度の詠んだ和歌のことですが、このことを知らないとこの歌の意味が全くわかりません。
昔の小学生は、この歌と共に平家物語の故事を学んだのでしょうか?

ところで、先日、彦根城博物館能舞台で行われた第43回彦根城能地謡を勤めた(2009年10月17日の日記参照)の能『忠度』もこの和歌が主題です。

能「忠度」の最後の部分

痛わしやあえなくも、六弥太たちを抜き持ち.遂に御首を打ち落す。
六弥太心に思うよう。痛わしやかの人の御死骸を見奉れば。
その年もまだしき。長月頃の薄曇り。降りみ降らずみ定めなき。
時雨ぞ通う村紅葉の。錦の直垂は.ただ世の常によもあらじ。
いか様これは公達の。御中にこそあるらめと御名ゆかしき所に。
箙をみればふしぎやな。短尺をつけられたり。
見れば旅宿の題をすえ。行き暮れて。木の下陰を。宿とせば。
花や今宵の。主ならまし。

忠度と書かれたり.さては疑い嵐の音に。
聞こえし薩摩の.守にてますぞ痛わしき。
御身この花の.陰に立ち寄り給いしを。
かく物語申さんとて.日を暮らしとどめしなり。今は疑いよもあらじ。
花は根に帰るなり.わが跡といてたび給え.木陰を旅の宿とせば。
花こそあるじなりけれ。


当時は、謡曲が暮らしの中に生きていたので、そもそもこの故事を知っている子が多かったのでしょうか?



【「無法松の一生」で・・】
きんくんさん、こんばんは

この「青葉の笛」、たしか「無法松の一生」のなかで使われていましたよね?

またまた宝塚ネタで申し訳ないのですが、実は「ベルばら」で一世を風靡した榛名由梨さんが宝塚を退団した時のサヨナラ公演が「無法松の一生」でした。(もちろん榛名さんが無法松です)

哀愁を帯びたメロディーが印象に残っていましたが、
敦盛と忠度のことを歌っているとは知りませんでした。

昔の人の古典の教養はすごいなあと思います。

【「無法松の一生」といえば、映画でしょう】
鹿子さん、こんばんは。

良くご存じですね。
ベネチア国際映画祭でグランプリを受賞した東宝映画(松五郎:三船敏郎、良子:高峰秀子)をご覧になられたのかと思いました。
なお、最初の映画化である昭和18年大映映画(富島松五郎:阪東妻三郎、良子:園井恵子)は、戦後、良子の息子・敏雄が学芸会で「青葉の笛」を歌う場面が軍国主義的だとしてGHQの検閲でカットされたそうです。

この哀愁を帯びたメロディー、そして戦いに敗れた平家の公達を歌った歌のどこが軍国主義的だと思ったのでしょうね。
逆に戦争中にカットされても仕方のないシーンのような気がします。

映画は、いずれもNHKで見たことがありますが、宝塚歌劇団のものは見たことがありません。
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kinkun

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名古屋春栄会のホームページの管理人

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