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特別展「失われた国宝 名古屋城本丸御殿」が

昨日(11月9日)まで、名古屋城天守閣2階で開催されていました。

名古屋城_本丸御殿200811
[名古屋城天守閣前:2008年11月9日(日)]

この展覧会は、特別展「失われた国宝 名古屋城本丸御殿-創建・戦火・そして復元」と題し、昭和20(1945)年の名古屋城炎上の際に、焼失を逃れた障壁画や戦争前に作成されていた実測図、焼け跡から集められた焼損金具など、名古屋城本丸御殿が残してくれた多数の遺品を、初めてまとめて公開するものでした。

焼失を免れた障壁画では、いずれも重要文化財の「名古屋城本丸御殿玄関杉戸絵『竹林豹虎図』」と「名古屋城本丸御殿上洛殿杉戸絵『花桶図』」が展示されていました。

明治26(1893)年、名古屋城は、天皇の離宮となります。今回、離宮で使われていた家具や調度品が初めて展示されていました。
中でも、明治天皇の御座椅子だった『黒漆塗菊紋散肘掛付椅子』は、黒漆塗・唐草文蒔絵の木部に金蒔絵で菊紋を配し、ビロード風の紫色西陣織布が張られており、和洋折衷の宮廷生活がうかがえました。
※『黒漆塗菊紋散肘掛付椅子』:名古屋城のサイトから

今回の特別展は、前期(9月20日~10月15日)後期(10月16日~11月9日)で展示品がかなり入れ替わるので、私もこの日が2回目でした。
今回は、最終日の日曜日のせいか、前回(10月)のときに比べ、かなり混雑していました。





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【名古屋城へ【立ち入り禁止⇒(>_<;)】になるかも?!…。】
『きんくん さん』へ

私も【名古屋金春会】翌日、『きんくん さん』が風邪で寝込まれてしまった10/26(日)に、この展示会に行って実際に観て来ました。

ところが(?!)前回同様、またまたやってしまいました…。
私が今回『やらかしてしまった(?!)質問』というのは【竹林豹虎図】についてです。 その絵画を観て私が思った事というのは…。
『江戸時代に豹ガラ?!…。』という、本当にお約束通りの『けったいな考え』が頭の中に降って来てしったのです。
それで止せば良いのに、展示室の可愛い係員の担当者の方に『江戸時代に象が将軍に拝謁した時は、特別に位をつけてもらった…という話や、虎そのものは中国等の大陸からやって来たり、昔から日本画の題材として描かれていたり、干支の中にいるので納得出来ますが…。豹はどうやって日本へやって来たのでしょうか?!…。』という【突拍子もない⇒係員泣かせ】の質問をしてしまいました…。
あいにく専門の学芸員の方が不在で、『お調べしまして、後日こちらよりご連絡させていただきます』という【事件?!】を巻き起こし、帰って来てしまいました。


☆…もしかしたら【名古屋城立ち入り禁止⇒要注意人物リスト?!】に私が記録されたかと思います…。
【豹の謎】
Youさん、こんばんは。

ご質問の趣旨が、「竹林豹虎図になぜ豹が描かれているのか」ということでしたら、名古屋城の職員ならば答えられてもよい質問なのではないかとは思いますが、「江戸時代に豹が日本に来ていたかどうか」ということですと、少し難しかったのではないかと思います。

最初の質問の答えは、『江戸時代には、豹は虎の雌だと考えられていたので、豹虎図=虎のつがい図だった』というのが通説です。それで、豹虎図の豹の方に子どもがいる図が多いとのことです。

2つ目の質問については、武江年表によると『万延元(1860)年7月11日 、「豹,渡来。吹上に於て御覧あり」、体長 4 尺余、 9 カ月の子。同月下旬から、両国橋西詰で見世物。』とあり、『ご覧あり』というのが将軍が見たということなので、これが豹の初来日ではないかというのが通説のようです。

名古屋城から答えが届きましたら、お知らせください。
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kinkun

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