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この話は、『流人の話』が元になっています。

高瀬舟』は、鴎外自身が『高瀬舟縁起』の中で、「この話は『翁草』に出ている。池辺義象さんの校訂した活字本で一ペエジ余に書いてある。」と書いているように、江戸時代に京都奉行所与力だった神沢貞幹がまとめた「翁草」という随筆集の中の『流人の話』が元になっています。
この「翁草」には異本も多くあるようですが、鴎外がはっきり書いているので、明治38(1905)年~39(1906)年にかけて池辺義象が校訂し、京都五車楼書店が出版したものだということがわかります。

今日は、『高瀬舟』の2回目ですが、『流人の話』も紹介します。


高瀬舟』(森鴎外)〔2〕

 いつのころであったか。たぶん江戸で白河楽翁侯が政柄を執っていた寛政のころででもあっただろう。智恩院の桜が入相の鐘に散る春の夕べに、これまで類のない、珍しい罪人が高瀬舟に載せられた。
 それは名を喜助と言って、三十歳ばかりになる、住所不定の男である。もとより牢屋敷に呼び出されるような親類はないので、舟にもただ一人で乗った。
 護送を命ぜられて、いっしょに舟に乗り込んだ同心羽田庄兵衛は、ただ喜助が弟殺しの罪人だということだけを聞いていた。さて牢屋敷から棧橋まで連れて来る間、この痩肉の、色の青白い喜助の様子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬って、何事につけても逆らわぬようにしている。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って権勢に媚びる態度ではない。
 庄兵衛は不思議に思った。そして舟に乗ってからも、単に役目の表で見張っているばかりでなく、絶えず喜助の挙動に、細かい注意をしていた。
 その日は暮れ方から風がやんで、空一面をおおった薄い雲が、月の輪郭をかすませ、ようよう近寄って来る夏の温かさが、両岸の土からも、川床の土からも、もやになって立ちのぼるかと思われる夜であった。下京の町を離れて、加茂川を横ぎったころからは、あたりがひっそりとして、ただ舳にさかれる水のささやきを聞くのみである。
 夜舟で寝ることは、罪人にも許されているのに、喜助は横になろうともせず、雲の濃淡に従って、光の増したり減じたりする月を仰いで、黙っている。その額は晴れやかで目にはかすかなかがやきがある。
 庄兵衛はまともには見ていぬが、始終喜助の顔から目を離さずにいる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返している。それは喜助の顔が縦から見ても、横から見ても、いかにも楽しそうで、もし役人に対する気がねがなかったなら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌い出すとかしそうに思われたからである。
 庄兵衛は心の内に思った。これまでこの高瀬舟の宰領をしたことは幾たびだか知れない。しかし載せてゆく罪人は、いつもほとんど同じように、目も当てられぬ気の毒な様子をしていた。それにこの男はどうしたのだろう。遊山船にでも乗ったような顔をしている。罪は弟を殺したのだそうだが、よしやその弟が悪いやつで、それをどんなゆきがかりになって殺したにせよ、人の情としていい心持ちはせぬはずである。この色の青いやせ男が、その人の情というものが全く欠けているほどの、世にもまれな悪人であろうか。どうもそうは思われない。ひょっと気でも狂っているのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つつじつまの合わぬことばや挙動がない。この男はどうしたのだろう。庄兵衛がためには喜助の態度が考えれば考えるほどわからなくなるのである。
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【【森 鴎外】というと…。】
『読書家のきんくん さん』と違い、私の場合は高校の国語の教科書で『舞姫』を習った事が有る位の読書量で恥ずかしい限りですが、それ以外で【森 鴎外】というと、【陸軍軍医⇒病気の脚気(※かっけ)の原因を突き止められなかった】/【海軍軍医は、脚気の原因を突き止めてその予防法に勤めた…。】という知識が【頭の辺境地?!】に微かに記憶が有る程度です。

毎回ですが、『読書家⇒きんくん さん』の【知識の豊富さ!!】を尊敬しブログを楽しく拝見させていただいている日々です。
これからも、色々な本の話を楽しみにしております。 どうか【お体に無理をされない様に】ブログを続けて下さいませ。⇒【m(__)m】

☆…いつもながら、まとまりの無い内容の『書き込み』で失礼致しました。
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