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日本海海戦は明治38(1905)年の

今日(5月27日)始まります。

日本海海戦は、対馬沖日本海軍連合艦隊ロシア海軍バルチック艦隊との間で行われ、日本艦隊の司令官東郷平八郎が採用した丁字戦法などにより、ロシア艦隊は戦力の大半を失い壊滅しました。
日本側の損失はほとんどなく、世界の海戦史上まれな一方的勝利となりました。

〔海戦の経緯〕
26日5時5分、朝鮮半島鎮海湾に待機中の連合艦隊全艦艇に出撃命令が出され、連合艦隊は大本営に向け「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃沈滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と打電しています。
13時55分、東郷大将は、連合艦隊旗艦「三笠」へのZ旗の掲揚を指示します。Z旗は「皇国ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ」という意味の信号旗とのことです。
14時24分、連合艦隊は一斉砲撃を開始し、バルチック艦隊の先頭を航行していた戦艦スワロフオスラビアはたちまち火炎に包まれ、戦線から離脱します。
戦闘は、その後も日本側に有利な状況で続き、日没までにロシア側は戦艦4隻が沈み、勝敗はほぼ決します。
夜になり、日本側は駆逐艦水雷艇による襲撃を開始し、ロシア側はさらに戦艦2隻を失い、艦隊行動が不可能な状況に追い込まれます。
翌朝、日本側はさらに追撃戦を行い、10時53分にロシア側が降伏して戦闘は終了します。

ロシア側の損失が、戦艦6隻を含めて撃沈21隻、戦死者4830人に上ったのに対し、日本側は、水雷艇3隻を失っただけで、戦死者は117人にとどまりました。
当時、後進国と思われていた日本が、英仏に次ぐ世界第3位の海軍国でもある大国ロシアに勝利したというニュースは世界を驚かせます。
そしてこのニュースは、ロシアの脅威を感じていたトルコなどのロシア周辺国を熱狂させ、圧政に苦しんでいたロシア国内では、革命の機運が高まります。

芥川龍之介は、「追憶」の中で、この2日間のことを思い出しています。



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【「電報」?「号外」】
kinkunさん、こんばんは。
いつも楽しみに拝読いたしております。
筑摩文庫の芥川龍之介全集4の補注によると、「電報」という作品はなく「号外」のあやまりだろうとありました。
探してみましたら「青空文庫」というサイトの「国木田独歩」「号外」で全文掲載していました(ネット上だと目に悪いかも知れませんので申し訳ありませんが)。如何でしょうか。
【「号外」だったんですね】
丹桂さん、ありがとうございます。
青空文庫で読みましたが、『「号外」の誤り』で間違いないと思います。
おかげで、長年の疑問(←大げさ)が氷解しました。
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kinkun

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名古屋春栄会のホームページの管理人

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