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今日、紹介するクリスマスの短編は、岡本かの子の『伯林の降誕祭(ワイナハト・イム・ベルリン)』です。
岡本かの子は、明治32(1889)年3月1日生まれ。大正~昭和期の歌人、仏教研究家として有名です。夫は、漫画家の岡本一平。長男は、画家の岡本太郎
昭和4(1929)年12月から一家をあげてヨーロッパへ外遊。太郎を絵の勉強のためパリに残し、かの子らはロンドンベルリンなどに半年ずつ滞在し、昭和7(1932)年アメリカ経由で帰国しました。

したがって、作品の中に出てくる『旧独逸』は、第1次世界大戦前のドイツ帝国のことです。

作品中に二つの百貨店が出てきます。
一つ目の『世界的百貨店、ウェルトハイム』というのは、当時、ヨーロッパ最大の百貨店ヴェルトハイム百貨店のこと。しかし、ユダヤ系だったため、ナチスドイツにおいて、ユダヤ人の資本をナチスに近いドイツ人に強制的に格安で売却させるアーリア人化により昭和12(1937)年に売り渡され、経営者一族はアメリカに移住しました。第2次世界大戦後、ヴェルトハイム百貨店のあったライチプヒ広場の真ん中にベルリンの壁が築かれます。その結果、東ベルリン側は、ソ連が接収し、その後、東ドイツで国有化され、西ベルリン側は売却され、現在はドイツの小売業大手のカールシュタット・クヴェレ社が所有しています。1990年の東西ドイツ統一後、政府から一族に土地が返還されるはずでしたが、カールシュタット・クヴェレ社の異議により裁判となり、今年の春になって、ようやく和解金8800万ユーロ(約140億円)をカールシュタット・クヴェレ社が払うことで決着したようです。

二つ目の『ヘルマン・チェッツ百貨店』というのは、明治40(1907)年に開店し、昭和2(1927)年にユダヤ人経営者ヘルマン・ティーツが、その経営を引き継いだ、今年100周年を迎えた高級デパートKaDeWe(カーデーヴェー)のことです。KaDeWeとは、Kaufhaus des Westens(西のデパート)の頭文字をとったものとのこと。
こちらも、ナチスドイツにより経営権を剥奪され、さらに、第2次世界大戦中の昭和18(1943)年には、アメリカ軍の戦闘機が激突し、建物が崩壊します。昭和25(1950)年に再開し、昭和36(1961)年にベルリンの壁ができた後は、西ベルリンで豊かな西側を象徴するデパートとなり、名前のとおり西の百貨店として有名になりました。


伯林の降誕祭』(岡本かの子)


独逸でのクリスマスを思い出します。
雪が絶間もなく、チラチラチラチラと降って居るのが、ベルリンで見て居た冬景色です。街路樹の菩提樹の葉が、黄色の吹雪を絶えずサラサラサラ撒きちらして居た。それが終ると立樹の真黒な枝を突張った林立となる。雪がもう直ぐに来るのです――そしてクリスマス。バルチック海から吹き渡って来る酷風が、街の粉雪の裾を斜に煽る。そして行き交う厚い外套と雪靴の街、子供達の雪合戦の街、橇の其処にも此処にも散ばる街――その街はクリスマスの仕度の賑わう街なのです。処々どっしりした旧独逸の高級品屋が在り、柵を引しめる棒柱のように見えるので、下品には決して墜さないで、あとは軒並みの戦後独逸の安物屋、街のかみさんや、あんちゃん、ねえちゃんといった処へ、時々素晴らしい毛皮の令嬢奥様も交った調和が、かえって淋しく品の好い高級品屋の店頭より綺麗なのです。電燈までが安値に心易い光をそれらの人達にきらきら浴びせる美しさ、そして暖かさ、みなクリスマスの買物の人達を見せる光景です。それが殆ど軒並みなのです。




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kinkun

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