2007/10/17 22:10:16
「何も、――何も見えませぬ」
やっと、姫君に出会った男なのに、変わり果てた姫君を見て、声をかけるのをためらいます。
「しかしその姫君に違ひない事は、一目見ただけでも十分だつた。男は声をかけようとした。が、浅ましい姫君の姿を見ると、なぜかその声が出せなかつた。」
その男の気持ちは、なんとなくわかるような気がします。
しかし、姫君の声を聞き、男は思わず名前を呼びます。
「男はこの声を聞いた時、思はず姫君の名前を呼んだ。」
『六の宮の姫君』(芥川龍之介)
五
男は翌日から姫君を探しに、洛中を方々歩きまはつた。
が、何処へどうしたのか、容易に行き方はわからなかつた。
すると何日か後の夕ぐれ、男はむら雨を避ける為に、朱雀門の前にある、西の曲殿の軒下に立つた。
其処にはまだ男の外にも、物乞ひらしい法師が一人、やはり雨止みを待ちわびてゐた。
雨は丹塗りの門の空に、寂しい音を立て続けた。
男は法師を尻目にしながら、苛立たしい思ひを紛らせたさに、あちこち石畳みを歩いてゐた。
その内にふと男の耳は、薄暗い窓の櫺子の中に、人のゐるらしいけはひを捉へた。
男は殆何の気なしに、ちらりと窓を覗いて見た。
やっと、姫君に出会った男なのに、変わり果てた姫君を見て、声をかけるのをためらいます。
「しかしその姫君に違ひない事は、一目見ただけでも十分だつた。男は声をかけようとした。が、浅ましい姫君の姿を見ると、なぜかその声が出せなかつた。」
その男の気持ちは、なんとなくわかるような気がします。
しかし、姫君の声を聞き、男は思わず名前を呼びます。
「男はこの声を聞いた時、思はず姫君の名前を呼んだ。」
『六の宮の姫君』(芥川龍之介)
五
男は翌日から姫君を探しに、洛中を方々歩きまはつた。
が、何処へどうしたのか、容易に行き方はわからなかつた。
すると何日か後の夕ぐれ、男はむら雨を避ける為に、朱雀門の前にある、西の曲殿の軒下に立つた。
其処にはまだ男の外にも、物乞ひらしい法師が一人、やはり雨止みを待ちわびてゐた。
雨は丹塗りの門の空に、寂しい音を立て続けた。
男は法師を尻目にしながら、苛立たしい思ひを紛らせたさに、あちこち石畳みを歩いてゐた。
その内にふと男の耳は、薄暗い窓の櫺子の中に、人のゐるらしいけはひを捉へた。
男は殆何の気なしに、ちらりと窓を覗いて見た。