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阿久悠さんも好きだったようです。

女優の大竹しのぶ の歌手デビュー作「みかん(作詞:阿久悠、作曲:大野克夫、編曲:細野晴臣;1976年)」は、先日亡くなった阿久悠芥川龍之介『蜜柑』に着想を得て詩を書いたとのこと。
本歌取りとでも言えばよいのでしょうか。

『みかん』(阿久悠)

〔4段落目〕
あなたと二人で汽車の旅
とび去る景色は春のいろ
小説みたいに このみかん
窓から投げたくなりました


もちろん、この小説を知らない人にとっては、なぜみかんを汽車の窓から投げるのかわからないだけなのかも知れません。


『蜜柑』(芥川龍之介) 〔後〕

それから幾分か過ぎた後であつた。
ふと何かに脅されたやうな心もちがして、思はずあたりを見まはすと、何時の間にか例の小娘が、向う側から席を私の隣へ移して、頻に窓を開けようとしてゐる。
が、重い硝子戸は中々思ふやうにあがらないらしい。
あの皸だらけの頬は愈赤くなつて、時々鼻洟をすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一しよに、せはしなく耳へはいつて来る。
これは勿論私にも、幾分ながら同情を惹くに足るものには相違なかつた。
しかし汽車が今将に隧道の口へさしかからうとしてゐる事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側の山腹が、間近く窓側に迫つて来たのでも、すぐに合点の行く事であつた。
にも関らずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下さうとする、――その理由が私には呑みこめなかつた。
いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考へられなかつた。
だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄へながら、あの霜焼けの手が硝子戸を擡げようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るやうな冷酷な眼で眺めてゐた。
すると間もなく凄じい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。
さうしてその四角な穴の中から、煤を溶したやうなどす黒い空気が、俄に息苦しい煙になつて、濛々と車内へ漲り出した。
元来咽喉を害してゐた私は、手巾を顔に当てる暇さへなく、この煙を満面に浴びせられたおかげで、殆息もつけない程咳きこまなければならなかつた。
が、小娘は私に頓着する気色も見えず、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの鬢の毛を戦がせながら、ぢつと汽車の進む方向を見やつてゐる。
その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなつて、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷かに流れこんで来なかつたなら、漸咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違なかつたのである。




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