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いよいよ仙人の登場です。

昨日に引き続き、中国が舞台の「仙人」を紹介します。

李小二の前に李小二よりずっとみすぼらしい格好をした老人が現れます。
李小二老人に同情すると共に、老人に対して優越感を持ちます。
ところが老人は……。


仙人』(芥川龍之介)〔2〕



 雪曇りの空が、いつの間にか、霙まじりの雨をふらせて、狭い往来を文字通り、脛を没する泥濘に満そうとしている、ある寒い日の午後の事であった。李小二は丁度、商売から帰る所で、例の通り、鼠を入れた嚢を肩にかけながら、傘を忘れた悲しさに、ずぶぬれになって、市はずれの、人通りのない路を歩いて来る――と、路傍に、小さな廟が見えた。折から、降りが、前よりもひどくなって、肩をすぼめて歩いていると、鼻の先からは、滴が垂れる。襟からは、水がはいる。途方に暮れていた際だから、李は、廟を見ると、慌てて、その軒下へかけこんだ。まず、顔の滴をはらう。それから、袖をしぼる。やっと、人心地がついた所で頭の上の扁額を見ると、それには、山神廟と云う三字があった。
 入口の石段を、二三級上ると、扉が開いているので、中が見える。中は思ったよりも、まだ狭い。正面には、一尊の金甲山神が、蜘蛛の巣にとざされながら、ぼんやり日の暮を待っている。その右には、判官が一体、これは、誰に悪戯をされたのだか、首がない。左には、小鬼が一体、緑面朱髪で、獰な顔をしているが、これも生憎、鼻が虧けている。その前の、埃のつもった床に、積重ねてあるのは、紙銭であろう。これは、うす暗い中に、金紙や銀紙が、覚束なく光っているので、知れたのである。
 李は、これだけ、見定めた所で、視線を、廟の中から外へ、転じようとした。すると丁度その途端に、紙銭の積んである中から、人間が一人出て来た。実際は、前からそこに蹲っていたのが、その時、始めて、うす暗いのに慣れた李の眼に、見えて来たのであろう。が、彼には、まるで、それが、紙銭の中から、忽然として、姿を現したように思われた。そこで、彼は、いささか、ぎょっとしながら、恐る恐る、見るような、見ないような顔をして、そっとその人間を窺って見た。
 垢じみた道服を着て、鳥が巣をくいそうな頭をした、見苦しい老人である。(ははあ、乞丐をして歩く道士だな――李はこう思った。)瘠せた膝を、両腕で抱くようにして、その膝の上へ、髯の長い頤をのせている。眼は開いているが、どこを見ているのかわからない。やはり、この雨に遇ったと云う事は、道服の肩がぐっしょり濡れているので、知れた。
 李は、この老人を見た時に、何とか語をかけなければ、ならないような気がした。一つには、濡鼠になった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故がこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである。あるいは、また、そのほかに、始めの無気味な心もちを忘れようとする努力が、少しは加わっていたかも知れない。そこで李が云った。
「どうも、困ったお天気ですな。」
「さようさ。」老人は、膝の上から、頤を離して、始めて、李の方を見た。鳥の嘴のように曲った、鍵鼻を、二三度大仰にうごめかしながら、眉の間を狭くして、見たのである。
「私のような商売をしている人間には、雨位、人泣かせのものはありません。」
「ははあ、何御商売かな。」
「鼠を使って、芝居をさせるのです。」
「それはまたお珍しい。」
 こんな具合で、二人の間には、少しずつ、会話が、交換されるようになった。その中に、老人も紙銭の中から出て来て、李と一しょに、入口の石段の上に腰を下したから、今では顔貌も、はっきり見える。形容の枯槁している事は、さっき見た時の比ではない。李はそれでも、いい話相手を見つけたつもりで、嚢や笥を石段の上に置いたまま、対等な語づかいで、いろいろな話をした。
 道士は、無口な方だと見えて、捗々しくは返事もしない。「成程な」とか「さようさ」とか云う度に、歯のない口が、空気を噛むような、運動をする。根の所で、きたない黄いろになっている髯も、それにつれて上下へ動く、――それが如何にも、見すぼらしい。
 李は、この老道士に比べれば、あらゆる点で、自分の方が、生活上の優者だと考えた。そう云う自覚が、愉快でない事は、勿論ない。が、李は、それと同時に、優者であると云う事が、何となくこの老人に対して済まないような心もちがした。彼は、談柄を、生活難に落して、自分の暮しの苦しさを、わざわざ誇張して、話したのは、完く、この済まないような心もちに、煩わされた結果である。
「まったく、それは泣きたくなるくらいなものですよ。食わずに、一日すごした事だって、度々あります。この間も、しみじみこう思いました。『己は鼠に芝居をさせて、飯を食っていると思っている。が、事によるとほんとうは、鼠が己にこんな商売をさせて、食っているのかも知れない。』実際、そんなものですよ。」
 李は撫然として、こんな事さえ云った。が、道士の無口な事は、前と一向、変りがない。それが、李の神経には、前よりも一層、甚しくなったように思われた。(先生、己の云った事を、妙にひがんで取ったのだろう。余計な事は云わずに、黙っていればよかった。)――李は、心の中でこう自分を叱った。そうして、そっと横目を使って、老人の容子を見た。道士は、顔を李と反対の方に向けて、雨にたたかれている廟外の枯柳をながめながら、片手で、しきりに髪を掻いている。顔は見えないが、どうやら李の心もちを見透かして、相手にならずにいるらしい。そう思うと、多少不快な気がしたが、自分の同情の徹しないと云う不満の方が、それよりも大きいので、今度は話題を、今年の秋の蝗災へ持って行った。この地方の蒙った惨害の話から農家一般の困窮で、老人の窮状をジャスティファイしてやりたいと思ったのである。
 すると、その話の途中で、老道士は、李の方へ、顔をむけた。皺の重なり合った中に、可笑しさをこらえているような、筋肉の緊張がある。
「あなたは私に同情して下さるらしいが、」こう云って、老人は堪えきれなくなったように、声をあげて笑った。烏が鳴くような、鋭い、しわがれた声で笑ったのである。「私は、金には不自由をしない人間でね、お望みなら、あなたのお暮し位はお助け申しても、よろしい。」
 李は、話の腰を折られたまま、呆然として、ただ、道士の顔を見つめていた。(こいつは、気違いだ。)――やっとこう云う反省が起って来たのは、暫くの間目して、黙っていた後の事である。が、その反省は、すぐにまた老道士の次の話によって、打壊された。「千鎰や二千鎰でよろしければ、今でもさし上げよう。実は、私は、ただの人間ではない。」老人は、それから、手短に、自分の経歴を話した。元は、何とか云う市の屠者だったが、偶々、呂祖に遇って、道を学んだと云うのである。それがすむと、道士は、徐に立って、廟の中へはいった。そうして、片手で李をさしまねきながら、片手で、床の上の紙銭をかき集めた。
 李は五感を失った人のように、茫然として、廟の中へ這いこんだ。両手を鼠の糞と埃との多い床の上について、平伏するような形をしながら、首だけ上げて、下から道士の顔を眺めているのである。
 道士は、曲った腰を、苦しそうに、伸ばして、かき集めた紙銭を両手で床からすくい上げた。それから、それを掌でもみ合せながら、忙しく足下へ撒きちらし始めた。鏘々然として、床に落ちる黄白の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。………
 李小二は、この雨銭の中に、いつまでも、床に這ったまま、ぼんやり老道士の顔を見上げていた。



 李小二は、陶朱の富を得た。偶、その仙人に遇ったと云う事を疑う者があれば、彼は、その時、老人に書いて貰った、四句の語を出して示すのである。この話を、久しい以前に、何かの本で見た作者は、遺憾ながら、それを、文字通りに記憶していない。そこで、大意を支那のものを翻訳したらしい日本文で書いて、この話の完りに附して置こうと思う。但し、これは、李小二が、何故、仙にして、乞丐をして歩くかと云う事を訊ねた、答なのだそうである。
「人生苦あり、以て楽むべし。人間死するあり、以て生くるを知る。死苦共に脱し得て甚だ、無聊なり。仙人は若かず、凡人の死苦あるに。」
 恐らく、仙人は、人間の生活がなつかしくなって、わざわざ、苦しい事を、探してあるいていたのであろう。



作品の最後に書かれている李小二に対する仙人の答え、“人生苦あり、以て楽むべし。人間死するあり、以て生くるを知る。死苦共に脱し得て甚だ、無聊なり。仙人は若かず、凡人の死苦あるに。”で、芥川はいったい何を言いたかったのでしょうか。

生きていることがありがたく思えるのは、いずれ訪れる死を自覚しているから、豊かなことを幸福に感じられるのは、貧乏であることの不幸を知っているから、というように物事の両面を知っているからこそ、その良さを実感できるのだということ、そして、不老不死となり、金銭的にも困ることのなくなた仙人は、こうした幸福を実感できないのだと言いたかったのでしょう。

それにしても、芥川は、なぜ最後に李小二を金持ちにしたのでしょうか。




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kinkun

Author:kinkun
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