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平泉を訪ねました。

先月、岩手県陸前高田市を訪ねた(2011年7月28日の日記参照)帰りに、世界遺産に登録されたばかりの平泉を訪ねました。
今日から5回にわたり、そのときの模様を紹介します。

平泉駅から歩いて30分ほどの丘の上に高館義経堂があります。
高館義経堂の公式サイト:http://www.motsuji.or.jp/gikeido/

入口を入り、階段を上って丘の上に立つと眺望が開けます。
高館北上川に面した丘陵で、この一帯は奥州藤原氏の初代清衡の時代から、要害地とされていたそうです。
高館からの眺望は平泉随一と言われているとのことで、この日も束稲山を望むことができました。

高館義経堂201107_01
[2011年7月26日(火)撮影]

兄の源頼朝に追われ、平泉に再び落ち延びた源義経は、奥州藤原氏三代秀衡の庇護を受け、高館に居館を与えられたそうです。
しかし、文治5(1189)年閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。
丘の頂上には、天和3(1683)年、仙台藩第4代藩主伊達綱村義経を偲んで建てた義経堂があり、中にはの木造が安置されていました。

高館義経堂201107_02
[2011年7月26日(火)撮影]

また、元禄2(1689)年6月29日(旧暦5月13日)に、曽良を伴って平泉を訪れた松尾芭蕉は、この地に立ち、眼下に広がる夏草が風に揺れ光る様を眺めて、有名な「夏草や 兵共が 夢の跡」の句を詠んだと伝えられています。
丘の上には、その句を刻んだ芭蕉句碑も立っていました。

高館義経堂201107_03
[2011年7月26日(火)撮影]

緑に覆われた北上川の河川敷のを見ていて、少しだけですが、芭蕉の気分を味わうことができました。

今回、平泉を訪れたのは、平泉では震災以降、観光客が激減しており、先月、世界遺産に登録されてから少し持ち直してきているものの例年の夏休みに比べるとまだまだなので、ぜひ帰りに立ち寄り、地元に帰って宣伝してほしいと岩手の多くの人から言われたからです。
このブログで少しでもPRできれば良いと思っています。



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kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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