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秋の花づくしです。

今日は、秋の花づくしとも言える泉鏡花随筆玉川の草』を紹介します。

この話の中に出てくる鏑木清方は、近代日本画を代表する画家の一人で、浮世絵の流れをくむ美人画や江戸情緒を感じさせる明治の東京の下町の風俗画で知られています。
彼は、泉鏡花小説挿絵画家としても有名です。

玉川の草』(泉鏡花

 ――これは、そぞろな秋のおもひでである。青葉の雨を聞きながら――

 露を其のままの女郎花、浅葱の優しい嫁菜の花、藤袴、また我亦紅、はよく伸び、よく茂り、慌てた蛙は、蒲の穂と間違へさうに、我こそと咲いて居る。――添へて刈萱の濡れたのは、蓑にも織らず、折からの雨の姿である。中に、千鳥と名のあるのは、蕭々たる夜半の風に、野山の水に、虫の声と相触れて、チリチリ鳴りさうに思はれる……その千鳥刈萱。――通称はツリガネニンジンであるが、色も同じ桔梗を薄く絞つて、俯向けにつらつらと連り咲く紫の風鈴草、或は曙の釣鐘草と呼びたいやうな草の花など――皆、玉川の白露を鏤めたのを、――其の砧の里に実家のある、――町内の私のすぐ近所の白井氏に、殆ど毎年のやうに、土産にして頂戴する。
 其年も初秋の初夜過ぎて、白井氏が玉川べりの実家へ出向いた帰りだと云って、――夕立が地雨に成つて、しとしとと降る中を、まだ寝ぬ門を訪れて、框にしつとりと置いて、帰んなすつた。
 慣れても、真新しい風情の中に、其の釣鐘草の交つたのが、わけて珍らしかつたのである。

 鏑木清方さんが――まだ浜町に居る頃である。塵も置かない綺麗事の庭の小さな池の縁に、手で一寸劃られるばかりな土に、紅蓼、露草、蚊帳釣草、犬ぢやらしなんど、雑草なみに扱はるるのが、野山路、田舎の状を髣髴として、秋晴の薄日に乱れた中に、――其の釣鐘草が一茎、丈伸びて高く、すつと咲いて、たとへば月夜の村芝居に、青い幟を見るやうな、色も灯れて咲いて居た。
 遣水の音がする。……
 萩も芙蓉も、此の住居には頷かれるが、縁日の鉢植を移したり、植木屋の手に掛けたものとは思はれない。
「あれは何うしたのです。」
 と聞くと、お照さん――鏑木夫人――が、
「春ね、皆で玉川へ遊びに行きました時、――まだ何にも生えて居ない土を、一かけ持つて来たんですよ。」
 即ち名所の土の傀儡師が、箱から気を咲かせた草の面影なのであつた。
 さらさらと風に露が散る。
 また遣水の音がした。
 金をかけて、茶座敷を営むより、此の思ひつき至つて妙、雅にして而して優である。
 ……其の後、つくし、餅草摘みに、私たち玉川へ行つた時、真似して、土を、麹一枚ばかりと、折詰を包んだ風呂敷を一度ふるつては見たものの、土手にも畦にも河原にも、すくすくと皆気味の悪い小さな穴がある。――釣鐘草の咲く時分に、振袖の蛇体なら好いとして、黄頷蛇が、によろによろ、などは肝を冷すと何だか手をつけかねた覚えがある。

「何を振廻はして居るんだな、早く水を入れて遣らないかい。」
 でんでん太鼓を貰へたやうに、馬鹿が、嬉しがつて居る家内のあとへ、私は縁側へついて出た。
「これですもの、どつさりあつて……枝も葉もほごしてからでないと、何ですかね、蝶々が入つて寝て居さうで……いきなり桶へ突込んでは気の毒ですから。」
 へん、柄にない。
 フフンと苦笑をする処だが、此処は一つ、敢て山のかみのために弁じたい。

 秋は、これよりも深かつた。――露の凝つた秋草を、霜早き枝のもみぢに添へて、家内が麹町の大通りの花政と云ふのから買つて帰つた事がある。
 ……其時、おや、小さな木兎、雑司ヶ谷から飛んで来たやうな、木葉木兎、青葉木兎とか称ふるのを提げて来た。
 手広い花屋は、近まはり近在を求るだけでは間に合はない。其処で、房州、相模はもとより、甲州、信州、越後あたりまで――持主から山を何町歩と買ひしめて、片つ端から鎌を入れる。朝夕の風、日南の香、雨、露、霜も、一斉に貨物車に積込むのださうである。――其年活けた最初の錦木は、奥州の忍の里、竜胆は熊野平碓氷の山岨で刈りつつ下枝を透かした時、昼の半輪の月を裏山の峰にして、ぽかんと留まつたのが、……其の木兎で。
 若い衆が串戯に生捉つた。
 こんな事はいくらもある。
「洒落に持つてつて御覧なせえ。」と、花政の爺さんが景ぶつに寄越したのだと言ふのである。
 げに人柄こそは思はるれ。……お嬢さん、奥方たち、婦人の風采によつては、鶯、かなりや、……せめて頬白、子鳥ともあるべき処を、よこすものが、木兎か。……あゝ人柄が思はれる。
 が、秋日の縁側に、ふはりと懸り、背戸の草に浮上つて、傍に、其のもみぢに交る樫の枝に、団栗の実の転げたのを見た時は、恰も買つて来た草中から、ぽつと飛出したやうな思ひがした。
 いき餌だと言ふ。……牛肉を少々買つて、生々と差しつけては見たけれど、恁う、嘴を伏せ、翼をすぼめ、あとじさりに、目を据ゑつつ、あはれに悄気て、ホ、と寂しく、ホと弱く、ポポーと真昼の夢に魘されたやうに鳴く。
 その真黄な大きな目からは、玉のやうな涙がぽろぽろと溢れさうに見える。山懐に抱かれた稚い媛が、悪道士、邪仙人の魔法で呪はれでもしたやうで、血の牛肉どころか、吉野、竜田の、彩色の菓子、墨絵の落雁でも喙みさうに、しをらしく、いたいたしい。
 ……その菓子の袋を添へて、駄賃を少々。特に、もとの山へ戻すやうに、と云つて、花屋の店へ返したが。――まつたく、木の葉草の花の精が顕はれたやうであつた。
 ここに於て、蝶の宿を、秋の草にきづかつたのを嘲らない。
「ああ、ちらちら。」
 手にほごす葉を散つて、小さな白いものが飛んだ。障子をふつと潜りつつ、きのふ今日蚊帳を除つた、薄掻巻の、袖に、裾に、ちらちらと舞ひまうたのは、それは綿よりも軽い蘆の穂であつた。


そろそろ秋も終わりです。今日は、この話を読みながら行く秋を惜しむことにします。


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kinkun

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