2010/11/22 20:46:28
横蔵寺は、もみじまつりでした。
横蔵寺(岐阜県揖斐川町谷汲)は、延暦20(801)年に伝教大師最澄が創建したと伝えられる天台宗の寺です。
山号は両界山、本尊は薬師如来とのことです。
22件の国の重要文化財が安置され、多くの絵画、書籍も所蔵していることから、“美濃の正倉院”と呼ばれているそうです。

[2010年11月21日(日)撮影]
横蔵寺は、鎌倉時代には、38坊を有する大寺院だったといわれているそうですが、元亀2(1571)年に織田信長の兵火で焼失したため、現在の本堂、三重塔、仁王門などは江戸時代になって再建されたものだそうです。
また、織田信長の比叡山焼き討ちによって、延暦寺の伽藍が灰になった後、横蔵寺の本尊の薬師如来像は、“延暦寺本尊と同じ霊木から造られた、最澄自作の像”という由緒ある像だということで延暦寺根本中堂に移され、延暦寺の本尊となったそうです。
境内の紅葉はちょうど見頃で、真っ赤に色づいたもみじが目に鮮やかでした。

[2010年11月21日(日)撮影]

[2010年11月21日(日)撮影]
昨日(2010年11月21日)は、ちょうど第9回横蔵寺もみじまつりの当日だったので、多くの観光客で賑わっていました。

[2010年11月21日(日)撮影]
横蔵寺(岐阜県揖斐川町谷汲)は、延暦20(801)年に伝教大師最澄が創建したと伝えられる天台宗の寺です。
山号は両界山、本尊は薬師如来とのことです。
22件の国の重要文化財が安置され、多くの絵画、書籍も所蔵していることから、“美濃の正倉院”と呼ばれているそうです。

[2010年11月21日(日)撮影]
横蔵寺は、鎌倉時代には、38坊を有する大寺院だったといわれているそうですが、元亀2(1571)年に織田信長の兵火で焼失したため、現在の本堂、三重塔、仁王門などは江戸時代になって再建されたものだそうです。
また、織田信長の比叡山焼き討ちによって、延暦寺の伽藍が灰になった後、横蔵寺の本尊の薬師如来像は、“延暦寺本尊と同じ霊木から造られた、最澄自作の像”という由緒ある像だということで延暦寺根本中堂に移され、延暦寺の本尊となったそうです。
境内の紅葉はちょうど見頃で、真っ赤に色づいたもみじが目に鮮やかでした。

[2010年11月21日(日)撮影]

[2010年11月21日(日)撮影]
昨日(2010年11月21日)は、ちょうど第9回横蔵寺もみじまつりの当日だったので、多くの観光客で賑わっていました。

[2010年11月21日(日)撮影]