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名古屋能楽堂の展示室では、企画展が開催されていました。

先月、名古屋能楽堂十月定例公演に行った際に(2010年10月22日の日記参照)、名古屋能楽堂で開催されていた特別企画展「名古屋の山車祭り展〔2010年9月7日(火)~11月5日(金)〕を見ました。

名古屋能楽堂_展示201010
[2010年10月22日(金)撮影]

この展示は、名古屋開府400年と10月16日に行われた大山車まつりを記念して開催されたものとのことです。

正面ロビーでは、上海万博に出展した1/2サイズのからくり山車童子車」が展示されていました。
1/2サイズとはいえ、からくり人形や蒔絵も本格的ですばらしいものでした。

常設展示室では、かつて名古屋三大祭と呼ばれていた東照宮祭三之丸天王祭若宮祭のブースが設けられ、それぞれに関係する絵画などの展示がありました。

かつての名古屋三大祭については、特別企画展のパンフレットの北島徹也さんの説明が詳しいので、その部分を引用します。
戦前は四月十七日の名古屋東照宮例祭をこそ名古屋まつりと云った。
豪奢なからくり山車や行列を繰り出し、今の名古屋まつりなど比較にならぬ賑やかさであったが、戦災で山車や行粧のほとんどを失って衰えてしまった。
東照宮例祭は元和四(1618)年に始まり、城下町の各町が山車、警固のにぎやかさを競い、七代藩主徳川宗春の享保年間(1716~1735)、十代藩主齋朝の天保年間(1830~1843)に頂点に達した。
橋弁慶車(七間町)、林和靖車(伝馬町)、雷電車(和泉町)、二福神車(長者町)、湯取神子車(桑名町)、唐子車(宮町)、小鍛治車(京町)、石橋車(中市場町)、猩々車(本町)の九輛の山車は、明治四十三(1910)年の名古屋開府三百年の際し、名古屋の旧城下町から名古屋城内まで曳き出して大群衆の喝采を浴びた。
三之丸天王社(現在の那古野神社)の祭礼は車楽、近隣からの見舞車、そして神輿渡御、若宮八幡社の祭礼は特異な黒船車をはじめ七輛の山車が曳き出され、ともに六月十五、十六日と祭礼が同じであった。
「東照宮祭」、「三之丸天王祭」そして「若宮祭」を、名古屋三大祭りと云った。


特に、松吉樵渓小寺稲泉柳田樵谷などが描いた山車の絵がたくさん展示されており、見応えがありました。
中でも江戸時代末期に活躍した尾張藩御用絵師の松吉樵渓が月夜の東照宮祭の様子を描いた『長者町 二福神車(本町 猩々車)』は非常に美しく幻想的でした。
展示期間が終了していたので見ることができませんでしたが、同じ松吉樵渓の『七間町 橋弁慶車(宵)』も見たかったです。

また、能画狂言画で有名な和泉流狂言師伊勢門水〔安政6(1859)年~昭和7(1932)年〕が山車を描いた絵も何点か展示されていました。

東照宮祭の9両の山車のミニチュア『土人形 東照宮山車九輌揃』もかわいらしくて良かったです。

特別企画展ということで、普段の企画展以上に力の入った展示でした。
公演前に観覧している人も多いようで、賑わっていました。



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Author:kinkun
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