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2020 / 05
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赤とんぼはどこへ行ってしまったのでしょうか?

名古屋では、暑かった夏の影響か、まだ赤とんぼが飛んでいません。
平年だとお彼岸ごろには飛び始めているのですが…。

今日は、中原中也の『蜻蛉に寄す』を紹介します。
この詩は、詩集在りし日の歌」に収録された「在りし日の歌」と題した作品群の最後、42編目の作品です。
詩集在りし日の歌」には、「在りし日の歌」42編と「永訣の秋」16編が収録されています。)


蜻蛉に寄す』(中原中也

あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉が 飛んでゐる
淡い夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立つてゐる

遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕は蹲んで 石を拾ふ

その石くれの 冷たさが
漸く手中で ぬくもると
僕は放して 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く

抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに 萎えてゆく
遠くに工場の 煙突は 
夕陽に霞んで みえてゐる



中也の詩の中では、平易な言葉使いで、しかも七五調なので、とても親しみやすく感じられます。

でも、なぜ、ため息を一つついて石を拾ったのでしょうか。
そして、その石が手の中で温まるとそれを捨ててしまうのはなぜなのでしょうか。
また、夕陽を浴びている草を抜き、その抜かれた草が萎えていくのをなぜただ見ているのでしょうか。


こうした疑問に答えることなく、この詩は静かに終わってしまいます。
まるで、夕陽が沈んでしまうように…。



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kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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