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清水寺の大講堂を訪ねました。

今日は、昨日に引き続き、先月20日の京都日帰り旅行(2010年8月20日の日記参照)で訪れた清水寺を紹介します。
清水寺の公式サイト:http://www.kiyomizudera.or.jp/

清水寺では、今年の夏の文化財特別公開として、大講堂《多宝閣仏足石・宝蔵殿》が特別公開されていました。
(社)京都市観光協会の「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2010/natsutabi10_02.html

清水寺201008_05
[2010年8月20日(金)撮影]

宝蔵殿に入ると、冷房が利いていて本当にホッとしました。
入館者は私だけでしたが、すぐにボランティアガイドの方が説明を始めてくれました。
なお、内部は撮影禁止でした。

入ってすぐには、絵馬が展示されていました。
雨乞いの時は黒馬の絵馬を、逆に晴れてほしい時は白馬の絵馬を奉納したという話が印象に残りました。
絵馬は、元々は神仏に奉納することが目的でしたが、多くの人が集まるところに掲げられるので、次第に、奉納者や絵師の宣伝の意味も持つようになったそうです。
長谷川等伯の子、久蔵が25歳で描いたと伝わる重要文化財の『絵馬 朝比奈草摺曳図』も展示されており、400年以上の時を経て今なお鮮やかな色遣いが素晴らしかったです。
※『絵馬 意馬心猿図』(伝・狩野元信筆):http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-40.jpg清水寺のサイトから)
※『絵馬 朝比奈草摺曳図』(長谷川久蔵筆):http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-39.jpg清水寺のサイトから)

大商人の末吉家角倉家が奉納した絵馬もあり、描かれている人物の服装や双六やキセルなどから当時の風俗が分かるという説明があって興味深かったです。
※『絵馬 末吉船図』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-36.jpghttp://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-37.jpg清水寺のサイトから)
※『絵馬 角倉船図』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-38.jpg清水寺のサイトから)

この説明の途中で二人の若い女性が観覧者に加わりました。

奥には、仏像が安置されていました。
中央に、2.3mの重要文化財大日如来坐像』。
そして、その右には奥の院の『千手観音坐像 御前立』。正面・右・左の3つの顔を持つ独特の形が印象的でした。
奥の院の秘仏『千手観音坐像』は、2年前に名古屋市博物館の特別展「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」〔2008年10月18日(土)~11月30日(日)〕で見たことがあります(2008年11月29日の日記参照)。
※『大日如来坐像』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-12.jpg清水寺のサイトから)
名古屋市博物館・特別展「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」のポスター:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji08/081018/pho1a.jpg名古屋市博物館のサイトから)

左側には、平安期以前の貴重な仏像が並んでいました。
クスの一木造りの立像で重要文化財の『十一面観音像』は、“美しい平安期の古様を残す”仏像とのことです。
※『十一面観音像』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-8.jpg清水寺のサイトから)

そして、全身に力強さがみなぎっている『不動明王立像』では、その光背に迦楼羅〔かるら〕(インド神話ではガルダ、インドネシア語ではガルーダ)が4つあるという説明がありました。
※『不動明王立像』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-18.jpg清水寺のサイトから)

ここの仏像の中では、重要文化財毘沙門天像』が圧巻です。
截金文様〔きりかねもんよう〕の鎧を着けた貴族好みの像”と説明されていますが、確かに鎧の彫りは緻密で素晴らしかったです。
踏みつけている“邪気”の目が玉眼で生々しいため、力強さが際立っていました。
また、顔が若々しい青年の顔のようだったのも印象に残りました。
※『毘沙門天像』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-9.jpg清水寺のサイトから)

大黒天半跏像』は、いわゆる大黒様とは似ても似つかぬ凛々しい昔の形でした。
※『大黒天半跏像』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/jihou-19.jpg清水寺のサイトから)

これらの多くは、明治期の廃仏毀釈のときに、清水寺に避難した仏像たちだそうです。

仏像の説明の途中で数名の観覧者が加わり、説明を終えるころには10名近い人がボランティアガイドの方の説明を聞いていました。
やはり、説明があると理解が深まります。
ここで、ボランティアガイドの方は交代し、途中から参加した人のために、新しいガイドの方が最初から説明を始めました。

なお、館内に入ってすぐの左側に展示されている『絵馬 末吉船図』の下にあった、本堂の修理時に作られたという精巧な本堂の模型も見ていて興味深かったです。

多宝閣には、いったん宝蔵殿を出て向かいます。
多宝閣でもボランティアガイドの方の丁寧な説明がありました。

清水寺201008_06
[2010年8月20日(金)撮影]

多宝閣に入ると15mほど下の場所に4mの『仏足石』がありました。
四方の壁は、東に薬師如来、西に阿弥陀如来、南に釈迦如来、北に多宝如来が彫られた石のレリーフで埋め尽くされていました。
それぞれ約1000体、合計で4000体以上とのことでした。
その上に仏像があると想像して空洞が作られているそうです。
※『仏足石』:http://www.kiyomizudera.or.jp/photos/daikoudou2.jpg清水寺のサイトから)

神秘的な音楽の流れる中、『仏足石』に向かって4枚の蓮片を1枚ずつ散華しました。
花びらが散るように、蓮片はひらひらと舞いながら下へ降りていきましたが、『仏足石』に乗ったのは1枚だけでした。

宝蔵殿多宝閣のある大講堂は、昭和59(1984)年に清水寺開創1200年記念事業として建立されたもので、普段は非公開だそうです。

清水寺201008_07
[2010年8月20日(金)撮影]

貴重な文化財を収蔵する宝像殿と神秘的な空間の多宝閣を静かに落ち着いて見ることができ、贅沢な時間を過ごすことができました。


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kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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