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日本最古の船形木棺を見ました。

もう1か月以上前になってしまいましたが、名古屋市博物館に特別展「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」を見に行きました(2010年8月25日の日記参照)が、そのときに常設展示平手町遺跡名古屋市北区)で発見された日本最古の“船形木棺”を見学しました。
名古屋市博物館の公式サイト:http://www.museum.city.nagoya.jp

この“船形木棺”は、名古屋市博物館常設展示の「稲作のはじまった頃」のコーナーに展示されていました。

名古屋市博物館201008_03
[2010年8月22日撮影]

平手町遺跡は、庄内川矢田川によって形成された標高約5mほどの沖積平野に立地しており、遺跡の南西には弥生時代を通じてこの地域の拠点的集落であった西志賀遺跡が、東には古墳時代を中心とする志賀公園遺跡があり、平手町遺跡を含めたこの3遺跡は、弥生時代から古墳時代までの一連の大遺跡ととらえることができるとのことです。
平成20年度の行われた第6次調査で、10基の方形周溝墓が確認され、そのうちの一つ“方形周溝墓D”で、ほぼ完全なかたちの“船形木棺”が発見されたそうです。
この方形周溝墓の墳丘は、北西-南東を主軸とする約11m×7.5mの長方形、高さは約80cmで、“船形木棺”は墓の主軸と同じ方向に置かれ、舳先が北西を向くように配置されていたとのことです。
方形周溝墓と“船形木棺”(写真中央):http://www.museum.city.nagoya.jp/images/mokkan.jpg名古屋市博物館の公式サイトから)

また、“船形木棺”は長さ2.8m、幅80cmで、片方の端を削って船形につくられ、底は緩いカーブを描いており、約2000年前の弥生時代中期のものであると考えられ、これまでに国内で発見された船形木棺のうち、最も古い時期のものであることがわかったそうです。
さらに、これまでに出土した船形木棺のほとんどが、木の部分は腐ってしまった状態だったのに対し、今回のものは木棺自体が残っており、その点からも貴重な資料となるそうです。
2000年前の木製の棺が、形が分かるほど残っているのには、本当に驚きました。
その上、木棺の底には埋葬された遺体の一部も見つかったとのことです。
※“船形木棺”:http://www.museum.city.nagoya.jp/images/mokkan2.jpg名古屋市博物館の公式サイトから)

遺体を船あるいは船の形をした棺に納めて葬る方法を船葬舟葬)と言うそうです。
霊魂が現世から来世へたどり着くための乗り物として、舟が考えられたと言われているとのことです。
古墳時代に舟が来世への乗り物という観念があったということはこれまでも指摘されていたそうですが、今回の発見は、こうした観念が弥生時代中期までさかのぼる可能性のあることを示すもので画期的な発見だそうです。

画期的な発見の割には比較的地味な展示でした。
また、そのせいかどうかはわかりませんが、1階の「ポンペイ展」が大混雑で、そのチケットで2階の常設展示も見ることができるのにもかかわらず、“船形木棺”を見ている来館者がほとんどいなかったことに驚くとともに、少し残念に感じました。

この“船形木棺”は現在も展示されていますので、名古屋市博物館に行かれた方は、ぜひ2階の常設展示にも足を運んでみてください。



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Author:kinkun
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