- 2010/08/31 醍醐寺 三宝院
- 2010/08/30 醍醐寺 霊宝館
- 2010/08/29 下鴨神社 本殿・大炊殿
- 2010/08/28 真夏のバラ
- 2010/08/27 岐阜県美術館 所蔵品展示「もうひとつの20世紀美術」
- 2010/08/26 佐川美術館 市川里美とバーナデット・ワッツ ヨーロッパ珠玉の絵本原画展
- 2010/08/25 名古屋市博物館 ポンペイ展
- 2010/08/24 秋野不矩美術館
- 2010/08/23 静岡県立美術館 収蔵品展「水のある風景」
- 2010/08/22 静岡県立美術館 トリノ・エジプト展
- 2010/08/21 老松(2)
- 2010/08/20 夏の京都(2010年)
2010/08/31 20:02:48
醍醐寺の三宝院を訪ねました。
今日は、昨日に引き続き、今月20日の京都日帰り旅行(2010年8月20日の日記参照)で訪れた醍醐寺を紹介します。
※醍醐寺の公式サイト:http://www.daigoji.or.jp/
三宝院は、永久3(1115)年に醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により創建されたとのことで、歴代座主が居住する坊で、醍醐寺の本坊といえる場所だそうです。
三宝院の中は、写真撮影が禁止でした。
入り口を入ると、「葵の間」、「秋草の間」、重要文化財「勅使の間」と並んでいます。
ここでは、「秋草の間」の美しい襖絵が印象に残りました。
この襖絵を見ていると秋が待ち遠しくなりました。
※「葵の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_02-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「秋草の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_03-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「勅使の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_04-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
続いて、庭園全体を見渡すことのでき、寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建物で国宝の「表書院」があります。ここの色鮮やかな襖絵は、重要文化財に指定されています。
「表書院」は、上段、中段、下段の間からなり、下段の間は、別名“揚舞台の間”とも呼ばれているそうで、畳をあげると能舞台になるというのが、興味深かったです。
※「表書院」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_06-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
続いて、豊臣秀吉がいわゆる“醍醐の花見”〔慶長3(1598)年〕のときに移築したといわれている重要文化財の「純浄観」があります。
ここの襖絵は、平成11(1999)年に浜田泰介画伯が描いたものだそうです。
※「純浄観」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_15-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
最も奥にあるのが、本尊が快慶作の弥勒菩薩であるため、別名「弥勒堂」とも呼ばれている重要文化財の「本堂」です。
※「本堂」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_16-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
「表書院」と「純浄観」の奥にあるのが江戸初期に建てられたという重要文化財の「奥宸殿」です。
上座の間の棚は、“醍醐棚”と呼ばれる有名な違い棚で、修学院離宮の〝霞棚”、桂離宮の“桂棚”とともに“天下の三大名棚”と呼ばれているそうです。
※「奥宸殿」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_18-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
国の特別史跡・特別名勝となっている三宝院庭園は、豊臣秀吉が、いわゆる“醍醐の花見”にあたり、自ら設計したとされる庭で、桃山時代の華やかな雰囲気が感じられます。
池の中央には五葉松の古木で覆われた「亀島」、「鶴島」の二つの島があります。
※「亀島」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_08-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「鶴島」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_09-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
庭の東南の隅には、庭の最大の見どころともいえる「三段の滝」があります。
※「三段の滝」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_14-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
朝廷からの使者を迎える時だけに扉を開いたとされる勅使門で、慶長4(1599)年の建立の国宝「唐門」。
この門は、平成20(2008)年7月の東側の袖塀への落雷で、柱に割れ目が生じたため、解体修理が行われ、先月〔平成22(2010)年7月6日〕に創建時の壮麗な姿がよみがえたばかりでした。
黒漆塗りの門に、直径約1mという大きな金箔の菊と桐の四つの紋という大胆なデザインが目を引きます。

[「唐門」:2010年8月20日(金)撮影]
※修復前(2005年)の「唐門」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_05-1-Before.jpg(醍醐寺のサイトから)
今度は、ぜひ花の季節に来たいと思いました。
今日は、昨日に引き続き、今月20日の京都日帰り旅行(2010年8月20日の日記参照)で訪れた醍醐寺を紹介します。
※醍醐寺の公式サイト:http://www.daigoji.or.jp/
三宝院は、永久3(1115)年に醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により創建されたとのことで、歴代座主が居住する坊で、醍醐寺の本坊といえる場所だそうです。
三宝院の中は、写真撮影が禁止でした。
入り口を入ると、「葵の間」、「秋草の間」、重要文化財「勅使の間」と並んでいます。
ここでは、「秋草の間」の美しい襖絵が印象に残りました。
この襖絵を見ていると秋が待ち遠しくなりました。
※「葵の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_02-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「秋草の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_03-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「勅使の間」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_04-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
続いて、庭園全体を見渡すことのでき、寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建物で国宝の「表書院」があります。ここの色鮮やかな襖絵は、重要文化財に指定されています。
「表書院」は、上段、中段、下段の間からなり、下段の間は、別名“揚舞台の間”とも呼ばれているそうで、畳をあげると能舞台になるというのが、興味深かったです。
※「表書院」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_06-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
続いて、豊臣秀吉がいわゆる“醍醐の花見”〔慶長3(1598)年〕のときに移築したといわれている重要文化財の「純浄観」があります。
ここの襖絵は、平成11(1999)年に浜田泰介画伯が描いたものだそうです。
※「純浄観」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_15-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
最も奥にあるのが、本尊が快慶作の弥勒菩薩であるため、別名「弥勒堂」とも呼ばれている重要文化財の「本堂」です。
※「本堂」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_16-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
「表書院」と「純浄観」の奥にあるのが江戸初期に建てられたという重要文化財の「奥宸殿」です。
上座の間の棚は、“醍醐棚”と呼ばれる有名な違い棚で、修学院離宮の〝霞棚”、桂離宮の“桂棚”とともに“天下の三大名棚”と呼ばれているそうです。
※「奥宸殿」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_18-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
国の特別史跡・特別名勝となっている三宝院庭園は、豊臣秀吉が、いわゆる“醍醐の花見”にあたり、自ら設計したとされる庭で、桃山時代の華やかな雰囲気が感じられます。
池の中央には五葉松の古木で覆われた「亀島」、「鶴島」の二つの島があります。
※「亀島」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_08-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
※「鶴島」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_09-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
庭の東南の隅には、庭の最大の見どころともいえる「三段の滝」があります。
※「三段の滝」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_14-1.jpg(醍醐寺のサイトから)
朝廷からの使者を迎える時だけに扉を開いたとされる勅使門で、慶長4(1599)年の建立の国宝「唐門」。
この門は、平成20(2008)年7月の東側の袖塀への落雷で、柱に割れ目が生じたため、解体修理が行われ、先月〔平成22(2010)年7月6日〕に創建時の壮麗な姿がよみがえたばかりでした。
黒漆塗りの門に、直径約1mという大きな金箔の菊と桐の四つの紋という大胆なデザインが目を引きます。

[「唐門」:2010年8月20日(金)撮影]
※修復前(2005年)の「唐門」:http://www.daigoji.or.jp/garan/images/sanbo_05-1-Before.jpg(醍醐寺のサイトから)
今度は、ぜひ花の季節に来たいと思いました。
スポンサーサイト
2010/08/30 21:32:32
醍醐寺の霊宝館・仏像棟に行きました。
今日は、昨日に引き続き、今月20日に行った京都日帰り旅行(2010年8月20日の日記参照)を紹介します。
今日から醍醐寺を紹介します。
※醍醐寺の公式サイト:http://www.daigoji.or.jp/

[「総門」:2010年8月20日(金)撮影]
醍醐寺の霊宝館・仏像棟では、「金堂」の本尊の薬師三尊像が特別公開〔2010年5月18日(火)~8月31日(火)〕されていました。

[2010年8月20日(金)撮影]
仏像棟は御堂形式の建物で、今回は経年変化の傷みのための修理を終えて戻ったばかりの「金堂」の本尊で重要文化財の『薬師三尊像』と平安時代の絵画(絹本著色)で国宝の『閻魔天像』が公開されていました。
正面に展示されている『薬師三尊像』は、「薬師如来像」、「日光菩薩像」、「月光菩薩像」の3体からなり、3体とも150㎝弱と大人より少し小さいぐらいの大きさで、とても均整のとれた体形です。
この像はヒノキ材の寄せ木づくりだそうですが、衣に線状に切った金箔によって幾何学模様を描く“切金”が美しく残っていました。
また、水晶がはめ込まれた“玉眼”の目は潤んだ感じがあり、まるで生きているかのようでした。
この3体は、豊臣秀吉によって、いわゆる“醍醐の花見”をきっかけに、「金堂」の建物とともに紀州湯浅の満願寺から移されたものとのことです。
向かって左側に展示されていたもうひとつの特別公開で、白い牛に乗った優雅な男性が描かれている国宝の『閻魔天像』は、宮中の高貴な女性の安産を祈願してつくられたとの説もあるそうで、全体に穏やかな雰囲気が感じられました。
このほか、国宝「五重塔」の建築部材で彩色が施された国宝の『旧四天柱』が中央に展示されていました。
また、向かって右側に展示されていた『大日如来坐像 金剛界』は、ほぼ大人と同じ大きさで、そこで高僧が瞑想しているかのようでした。
さらに『如意輪観音像』、『不動明王像』など通常公開していない平安期の仏像も展示されていました。
狭い空間に神々しさ(仏さまなので表現としては正しくないかもしれません)が満ちており、穏やかなひとときを過ごすことができました。
今日は、昨日に引き続き、今月20日に行った京都日帰り旅行(2010年8月20日の日記参照)を紹介します。
今日から醍醐寺を紹介します。
※醍醐寺の公式サイト:http://www.daigoji.or.jp/

[「総門」:2010年8月20日(金)撮影]
醍醐寺の霊宝館・仏像棟では、「金堂」の本尊の薬師三尊像が特別公開〔2010年5月18日(火)~8月31日(火)〕されていました。

[2010年8月20日(金)撮影]
仏像棟は御堂形式の建物で、今回は経年変化の傷みのための修理を終えて戻ったばかりの「金堂」の本尊で重要文化財の『薬師三尊像』と平安時代の絵画(絹本著色)で国宝の『閻魔天像』が公開されていました。
正面に展示されている『薬師三尊像』は、「薬師如来像」、「日光菩薩像」、「月光菩薩像」の3体からなり、3体とも150㎝弱と大人より少し小さいぐらいの大きさで、とても均整のとれた体形です。
この像はヒノキ材の寄せ木づくりだそうですが、衣に線状に切った金箔によって幾何学模様を描く“切金”が美しく残っていました。
また、水晶がはめ込まれた“玉眼”の目は潤んだ感じがあり、まるで生きているかのようでした。
この3体は、豊臣秀吉によって、いわゆる“醍醐の花見”をきっかけに、「金堂」の建物とともに紀州湯浅の満願寺から移されたものとのことです。
向かって左側に展示されていたもうひとつの特別公開で、白い牛に乗った優雅な男性が描かれている国宝の『閻魔天像』は、宮中の高貴な女性の安産を祈願してつくられたとの説もあるそうで、全体に穏やかな雰囲気が感じられました。
このほか、国宝「五重塔」の建築部材で彩色が施された国宝の『旧四天柱』が中央に展示されていました。
また、向かって右側に展示されていた『大日如来坐像 金剛界』は、ほぼ大人と同じ大きさで、そこで高僧が瞑想しているかのようでした。
さらに『如意輪観音像』、『不動明王像』など通常公開していない平安期の仏像も展示されていました。
狭い空間に神々しさ(仏さまなので表現としては正しくないかもしれません)が満ちており、穏やかなひとときを過ごすことができました。
2010/08/29 22:31:22
下鴨神社に行きました。
今日から、今月20日の京都日帰り旅行について紹介します(2010年8月20日の日記参照)。
今日は、下鴨神社を紹介します。
下鴨神社(正式名称は賀茂御祖神社〔かもみおやじんじゃ〕)は、平安京に都が移される以前に創建されたと伝えられる京都で最も古い神社の一つだそうです。
※下鴨神社の公式サイト:http://www.shimogamo-jinja.or.jp/
今年の夏の文化財特別公開では、国宝の流造の「本殿」(1863年造営)と重要文化財の「大炊殿〔おおいどの〕」(1624年造営)が特別公開されていました。
※(社)京都市観光協会の「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2010/natsutabi10_02.html

[2010年8月20日(金)撮影]
下鴨神社も、かつては伊勢神宮と同じように21年ごとに式年遷宮を行っていたそうです。
しかし、現在は本殿2棟が国宝に、社殿52棟が重要文化財に指定されたため、遷宮の年に大修理を行なうことにしているとのことです。
最後の遷宮は、文久3(1863)年に行われ、現在の本殿はそのときのものです。
本殿は、西本殿の横の特別参拝所からの見学しました(写真撮影は禁止でした)。

[正面からわずかに見える西本殿:2010年8月20日(金)撮影]
大炊殿は、神饌(御供え物)を調理する社殿だそうです。
ここでは、おもにご飯やお餅などの穀物類を調理し、魚鳥類は別棟の贅殿で調理し、ここに持ち込んで盛り付けしていたとのことです。

[大炊殿:2010年8月20日(金)撮影]

[大炊殿の内部:2010年8月20日(金)撮影]

[大炊殿の内部:2010年8月20日(金)撮影]
大炊殿の横には、同じく重要文化財の「御井」があり、その前には、「水ごしらえ場」がありました。

[御井:2010年8月20日(金)撮影]
水ごしらえ場には、末刀社〔まとのやしろ〕の神がご降臨されるという伝承があるそうで、最近、この御降臨石はパワースポットとして人気があるとのことでした。

[水ごしらえ場:2010年8月20日(金)撮影]
また、ここの庭は双葉葵の自生するので「葵の庭」、あるいはカリンの古木があるので「カリンの庭」と呼ばれているそうです。

[双葉葵:2010年8月20日(金)撮影]
源氏物語や枕草子にも登場する下鴨神社。かねてから一度訪れてみたいと思っていました。
今回、文化財特別公開に合わせて訪れましたが、ボランティアガイドの方が丁寧に説明していただけたので、とても理解が深まりました。
今日から、今月20日の京都日帰り旅行について紹介します(2010年8月20日の日記参照)。
今日は、下鴨神社を紹介します。
下鴨神社(正式名称は賀茂御祖神社〔かもみおやじんじゃ〕)は、平安京に都が移される以前に創建されたと伝えられる京都で最も古い神社の一つだそうです。
※下鴨神社の公式サイト:http://www.shimogamo-jinja.or.jp/
今年の夏の文化財特別公開では、国宝の流造の「本殿」(1863年造営)と重要文化財の「大炊殿〔おおいどの〕」(1624年造営)が特別公開されていました。
※(社)京都市観光協会の「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2010/natsutabi10_02.html

[2010年8月20日(金)撮影]
下鴨神社も、かつては伊勢神宮と同じように21年ごとに式年遷宮を行っていたそうです。
しかし、現在は本殿2棟が国宝に、社殿52棟が重要文化財に指定されたため、遷宮の年に大修理を行なうことにしているとのことです。
最後の遷宮は、文久3(1863)年に行われ、現在の本殿はそのときのものです。
本殿は、西本殿の横の特別参拝所からの見学しました(写真撮影は禁止でした)。

[正面からわずかに見える西本殿:2010年8月20日(金)撮影]
大炊殿は、神饌(御供え物)を調理する社殿だそうです。
ここでは、おもにご飯やお餅などの穀物類を調理し、魚鳥類は別棟の贅殿で調理し、ここに持ち込んで盛り付けしていたとのことです。

[大炊殿:2010年8月20日(金)撮影]

[大炊殿の内部:2010年8月20日(金)撮影]

[大炊殿の内部:2010年8月20日(金)撮影]
大炊殿の横には、同じく重要文化財の「御井」があり、その前には、「水ごしらえ場」がありました。

[御井:2010年8月20日(金)撮影]
水ごしらえ場には、末刀社〔まとのやしろ〕の神がご降臨されるという伝承があるそうで、最近、この御降臨石はパワースポットとして人気があるとのことでした。

[水ごしらえ場:2010年8月20日(金)撮影]
また、ここの庭は双葉葵の自生するので「葵の庭」、あるいはカリンの古木があるので「カリンの庭」と呼ばれているそうです。

[双葉葵:2010年8月20日(金)撮影]
源氏物語や枕草子にも登場する下鴨神社。かねてから一度訪れてみたいと思っていました。
今回、文化財特別公開に合わせて訪れましたが、ボランティアガイドの方が丁寧に説明していただけたので、とても理解が深まりました。
2010/08/27 06:54:23
「もうひとつの20世紀美術」も開催中でした。
今日も、先週の火曜日(17日)(2010年8月16日の日記参照)に続き、今月6日に訪れた岐阜県美術館について紹介します(2010年8月6日の日記参照)。
岐阜県美術館では、所蔵品展「もうひとつの20世紀美術」〔2010年6月22日(火)~9月26日(日)〕も開催中でした。
この展覧会は、先週の火曜日(17日)に紹介した「20世紀美術への招待状-ピカソ、シャガールから横山大観、竹内栖鳳まで-」にあわせて、開催される所蔵品による“もうひとつの”20世紀美術展とのことです。
※岐阜県美術館の公式サイト:http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s27213/

[2010年8月6日(金)撮影]
3つの展示室で開催されていました。
第1室では、ルノワールの晩年の作からエコール・ド・パリの作家たち、ピカソ、ミロなどの西洋絵画が展示されていました。
ここでは、幻想的な『人と月』(ジョアン・ミロ)が印象に残りました。
また、ユーモラスな感じの『あくびをする人々』(マックス・ベックマン)は、見ているだけであくびがうつりそうになりました。
第2室では、今年5月に亡くなった名古屋出身の芸術家・荒川修作氏を追悼する《追悼:荒川修作》展示を中心に、戦後の日本絵画が展示されていました。
ここでは、『《養老天命反転地》のためのドローイング』(荒川修作)が興味深かったです。
第3室では、フォンタナ、ジャスパー・ジョーンズなどの現代西洋絵画が展示されていました。
岐阜県美術館の主なコレクションは、逆に富山県立近代美術館に貸し出されているので仕方がないことですが、ルドンの作品がないのは少し寂しかったです。
外に出ると、夏の太陽の下で屋外展示の彫刻も暑そうでした。

[『錨を上げる』(ヴァレリアーノ・トルッビアーニ):2010年8月6日(金)撮影]

[『第三の太陽』(高橋清):2010年8月6日(金)撮影]
今日も、先週の火曜日(17日)(2010年8月16日の日記参照)に続き、今月6日に訪れた岐阜県美術館について紹介します(2010年8月6日の日記参照)。
岐阜県美術館では、所蔵品展「もうひとつの20世紀美術」〔2010年6月22日(火)~9月26日(日)〕も開催中でした。
この展覧会は、先週の火曜日(17日)に紹介した「20世紀美術への招待状-ピカソ、シャガールから横山大観、竹内栖鳳まで-」にあわせて、開催される所蔵品による“もうひとつの”20世紀美術展とのことです。
※岐阜県美術館の公式サイト:http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/s27213/

[2010年8月6日(金)撮影]
3つの展示室で開催されていました。
第1室では、ルノワールの晩年の作からエコール・ド・パリの作家たち、ピカソ、ミロなどの西洋絵画が展示されていました。
ここでは、幻想的な『人と月』(ジョアン・ミロ)が印象に残りました。
また、ユーモラスな感じの『あくびをする人々』(マックス・ベックマン)は、見ているだけであくびがうつりそうになりました。
第2室では、今年5月に亡くなった名古屋出身の芸術家・荒川修作氏を追悼する《追悼:荒川修作》展示を中心に、戦後の日本絵画が展示されていました。
ここでは、『《養老天命反転地》のためのドローイング』(荒川修作)が興味深かったです。
第3室では、フォンタナ、ジャスパー・ジョーンズなどの現代西洋絵画が展示されていました。
岐阜県美術館の主なコレクションは、逆に富山県立近代美術館に貸し出されているので仕方がないことですが、ルドンの作品がないのは少し寂しかったです。
外に出ると、夏の太陽の下で屋外展示の彫刻も暑そうでした。

[『錨を上げる』(ヴァレリアーノ・トルッビアーニ):2010年8月6日(金)撮影]

[『第三の太陽』(高橋清):2010年8月6日(金)撮影]
2010/08/26 21:37:33
「ヨーロッパ珠玉の絵本原画展」も開かれていました。
今日は、先週の月曜日(16日)(2010年8月16日の日記参照)に引き続き、今月5日に訪れた佐川美術館について紹介します(2010年8月5日の日記参照)。
佐川美術館では、パリ在住の日本人絵本作家・市川里美とイギリスの田園に住む絵本作家・バーナデット・ワッツの2人展「市川里美とバーナデット・ワッツ ヨーロッパ珠玉の絵本原画展」〔2010年7月6日(火)~8月29日(日)〕が開催中でした。
この展覧会は、フランス・パリのモンマルトルの丘に住む日本人絵本作家の市川里美と、イギリス・ケント州の田園に囲まれた小さな村で美しい草花やかわいい動物たちに囲まれて生活するバーナデット・ワッツの絵本原画作品を紹介するものとのことです。
絵本は、子どもがはじめて触れる視覚表現であるとともに、年代・性別・様々な志向に合わせて楽しむことのできるものとして、近年、その重要性と人気が高まってきているそうです。
市川里美さんは、20代でフランスに渡り、独学で絵を学び、イギリスで絵本作家としてデビューしたそうです。
特に、動物の絵は緻密な表現力の中に、あふれんばかりの愛情が感じられました。
※『おだんごスープ』(左)、『ベンジーのおくりもの』(右):http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/news/media/00000042_image_3.jpg(佐川美術館のサイトから)
一方、ワッツさんは、グリム童話の絵本で日本でも良く知られている絵本作家だそうです。
特に草花の絵は繊細で、その透明感のある色彩はじっと見ていても見飽きません。
中でも、『金のガチョウ』に描かれている草花の色彩は秀逸です。
私のお気に入りは、『雪の女王』です。ドレスだけでなく、心も冷たい感じが良く出ています。
※『金のガチョウ』(左)、『ヘンゼルとグレーテルのおはなし』(右):http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/news/media/00000042_image_4.jpg(佐川美術館のサイトから)
現在、パリに住む市川さんとイギリスの田園地方に住むワッツさんは十数年来の友人だそうです。
二人の長年の交流も感じさせる展覧会でした。
絵本の展示だけあって、親子連れが多く、展示されている絵に見入っている子どもたちを微笑ましく感じました。
今日は、先週の月曜日(16日)(2010年8月16日の日記参照)に引き続き、今月5日に訪れた佐川美術館について紹介します(2010年8月5日の日記参照)。
佐川美術館では、パリ在住の日本人絵本作家・市川里美とイギリスの田園に住む絵本作家・バーナデット・ワッツの2人展「市川里美とバーナデット・ワッツ ヨーロッパ珠玉の絵本原画展」〔2010年7月6日(火)~8月29日(日)〕が開催中でした。
この展覧会は、フランス・パリのモンマルトルの丘に住む日本人絵本作家の市川里美と、イギリス・ケント州の田園に囲まれた小さな村で美しい草花やかわいい動物たちに囲まれて生活するバーナデット・ワッツの絵本原画作品を紹介するものとのことです。
絵本は、子どもがはじめて触れる視覚表現であるとともに、年代・性別・様々な志向に合わせて楽しむことのできるものとして、近年、その重要性と人気が高まってきているそうです。
市川里美さんは、20代でフランスに渡り、独学で絵を学び、イギリスで絵本作家としてデビューしたそうです。
特に、動物の絵は緻密な表現力の中に、あふれんばかりの愛情が感じられました。
※『おだんごスープ』(左)、『ベンジーのおくりもの』(右):http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/news/media/00000042_image_3.jpg(佐川美術館のサイトから)
一方、ワッツさんは、グリム童話の絵本で日本でも良く知られている絵本作家だそうです。
特に草花の絵は繊細で、その透明感のある色彩はじっと見ていても見飽きません。
中でも、『金のガチョウ』に描かれている草花の色彩は秀逸です。
私のお気に入りは、『雪の女王』です。ドレスだけでなく、心も冷たい感じが良く出ています。
※『金のガチョウ』(左)、『ヘンゼルとグレーテルのおはなし』(右):http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/news/media/00000042_image_4.jpg(佐川美術館のサイトから)
現在、パリに住む市川さんとイギリスの田園地方に住むワッツさんは十数年来の友人だそうです。
二人の長年の交流も感じさせる展覧会でした。
絵本の展示だけあって、親子連れが多く、展示されている絵に見入っている子どもたちを微笑ましく感じました。
2010/08/25 22:48:32
「ポンペイ展」を見に行きました。
日曜日(8月22日)に、名古屋市博物館に行きました。
名古屋市博物館では、特別展「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」〔2010年6月24日(木)~8月29日(日)〕が開催中でした。
※名古屋市博物館のサイトの特別展「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」のページ:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji100624.html

[2010年8月22日(日)撮影]
この展覧会は、ナポリ国立考古学博物館の全面的な協力により、ポンペイからの出土品を中心に、日本初公開を含む壁画・彫刻などおよそ250点を紹介するものだそうです。
展示は、11に分かれていました。
プロローグ
まず、展示室に入ってすぐのところにパノラマ写真のような横長のフレスコ画『建物のある風景』が展示されており、当時のポンペイの町並みを知ることができます。
ここでは、京都の古代学研究所(当時)が2002年に行った発掘調査で発見された噴火犠牲者の型取りとその遺品などが展示されていました。
2体のうちの1体の『噴火犠牲者の型取り』と、もう1体の足につけられていた奴隷の鉄製の『輪形足枷』が噴火の生々しさを伝えていました。
1 ポンペイ人の肖像
ここでは、公共の場所や応接間に置いてあった偉人や家族の像が展示されていました。
偉人の像では白色大理石による『マルクス・ノニウス・バルブスの彫像』が、家族の像では青銅製の『伝ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱』(部分)が印象に残りました。
※『マルクス・ノニウス・バルブスの彫像』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/pompei.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『伝ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱』(部分):http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/01L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
2 信仰
ここの展示は、ギリシア神話がそのままローマの神々の物語となったことによりギリシア彫刻がローマの神々の姿の元になっていることが良く分かる展示でした。
白い大理石の端正な美しさが目を引く英語読みではヴィーナスになる『ウェヌス像』は、巻き髪の緻密な描写や滑らかな着物の曲線がすばらしかったです。
※『ウェヌス像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/02L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、この展覧会の目玉展示の一つでポスターやパンフレットにも使われているフレスコ画『アキレスとキローン』は、鮮やかな色彩の生み出す美しさが圧巻でした。
※『アキレスとキローン』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/11L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
青銅製の『リラ奏者のアポロ』の複雑な形を精密に表現しているところも目を引きました。
3 娯楽
ここには、古代ローマで大人気の娯楽だった円形闘技場でおこなわれた剣闘士の試合に関連する展示がありました。
剣闘士が身につけていた兜や脛当、短剣などや、当時の剣闘士のフィギュアともいえる素焼の『剣闘士の小像』も展示されていました。
※『脛当』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/go02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『剣闘士の小像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/03L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
この他、驚きの表情が戯画のようなフレスコ画『悲劇の仮面』や、あまりに細くて長いのでとても楽器には見えない『フルヌス(ホルン)』も印象に残りました。
4 装身具
ここでは、当時のポンペイの女性たちを飾った装身具を中心に展示されていました。
中でも、伸ばすと2m50cmもの長さがあるという金製の『首飾り』の豪華さは他を圧倒していました。
※『首飾り』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/04L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、鮮明な絵が残っている『彩色画のある櫛』も印象に残りました。
※『彩色画のある櫛』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/so_02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
5 家々を飾る壁画
ここでは、ポンペイの出土品を代表する壁画が展示されていました。
緻密な装飾が印象的な『三脚を飾るクピドたち』や女神の優美な曲線と背景の赤色が印象的な『踊るマエナス』など見応えのある展示でした。
※『三脚を飾るクピドたち』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/05L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
※『踊るマエナス』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/ie0203.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
6 祭壇の神々
当時のポンペイの家には、ララリウムと呼ばれる祠あるいは祭壇が設けられていたそうです。
ここでは、そのララリウムに祀られた小型の神像が展示されていました。
ともに、青銅製の神像の緻密な装飾が目を引きました。
※『メルクリウス小像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/06L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
※『ゲニウス小像』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/kami02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
7 家具調度
ここでは、この展覧会の目玉展示の一つである『ボスコアーレ、ピサネッラ荘の高温浴室』(部分)が圧巻です。
ポンペイ近郊のボスコアーレの別荘から出土していた浴室の一部を再現したもので、大理石貼りのバスタブ、雨水か井戸水を入れるタンク、湯を沸かすボイラーとその湯をためるタンクで構成されていました。
給湯や追いだきもできて、現代のシステムと比べても遜色のないシステムでした。
※『ボスコレアーレ、ピサネッラ荘の高温浴室』(部分):http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/07L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
ここには、この展覧会で私の一番のお気に入りとなった『イルカのモザイク』が展示されていました。
白い石灰岩と黒い大理石を使ったシンプルなデザインのモザイクは、現代絵画を見るようでした。
※『イルカのモザイク』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/iruka.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
また、『飲料加熱器』、『飲料加熱器(サモワール)』の足がライオンの足になっているのがユニークでした。
8 生産活動
ポンペイ市民にとって、労働とは“家の中で行う仕事”で、農作業や土木作業のような戸外の重労働は奴隷が行うものだったとのことです。
ここでは、英語読みではキューピッドになるクピドが働いている場面のフレスコ画が印象に残りました。
※『働くクピドたち』(部分):http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/seisan01.jpg〔写真上段〕(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『葡萄を収穫するクピドたち』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/life01.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
9 饗宴の場
ここでは、饗宴の場で使われたテーブルや寝椅子、食器などが展示されていました。
特に“イクナスとイオの家”から出土した銀食器は、器の表面には、バラやツタなどの草花、鳥や動物などが華麗に装飾されており、その豪華さには驚かされました。
※『「イナクスとイオの家」出土の銀食器群より』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/09L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、青色が美しい『カメオガラスのパテラ』も印象に残りました。
これ、フライパンにしか見えませんでしたが、帰宅してから調べてみると“パテラ”というのはフライパンのような形の身を清める儀式に使うものだそうです。
展示説明に表示した方が親切なのではないかと思いました。
※『カメオガラスのパテラ』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/life01.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
たくさんのガラス器も展示されていましたが、その中に非常に透明度の高い『杯』があって驚きました。…が、展示説明をよく読むと水晶の器でした。
この展示位置も観覧者を惑わす展示方法だと思いました。
10 憩いの庭園
ここでは、ポンペイの住宅の中庭に置かれた大理石製の彫像や水盤、噴水などが展示されていました。
髪の毛に金色が残る『噴水彫刻:童子とイルカ』は、イルカの口の部分から水が噴き出す仕掛けになっている彫刻でした。
水が出ているところを見てみたくなりました。
※『噴水彫刻:童子とイルカ』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/10L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
およそ2000年前に火山の噴火によって、埋没したポンペイの悲劇。その悲劇が現代に残してくれた古代ローマ文明の見事さを堪能できる展覧会でした。

[2010年8月22日(日)撮影]
私が訪れたのが、会期末1週間前の日曜日の午後ということもあって、最近の名古屋市博物館の展覧会では一番混雑していました。
夏休みということで親子連れも多かったですが、子どもたちがまるで雑踏のような館内で、きちんと展示を見ることができたかどうか心配になりました。
日曜日(8月22日)に、名古屋市博物館に行きました。
名古屋市博物館では、特別展「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」〔2010年6月24日(木)~8月29日(日)〕が開催中でした。
※名古屋市博物館のサイトの特別展「ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」のページ:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji100624.html

[2010年8月22日(日)撮影]
この展覧会は、ナポリ国立考古学博物館の全面的な協力により、ポンペイからの出土品を中心に、日本初公開を含む壁画・彫刻などおよそ250点を紹介するものだそうです。
展示は、11に分かれていました。
プロローグ
まず、展示室に入ってすぐのところにパノラマ写真のような横長のフレスコ画『建物のある風景』が展示されており、当時のポンペイの町並みを知ることができます。
ここでは、京都の古代学研究所(当時)が2002年に行った発掘調査で発見された噴火犠牲者の型取りとその遺品などが展示されていました。
2体のうちの1体の『噴火犠牲者の型取り』と、もう1体の足につけられていた奴隷の鉄製の『輪形足枷』が噴火の生々しさを伝えていました。
1 ポンペイ人の肖像
ここでは、公共の場所や応接間に置いてあった偉人や家族の像が展示されていました。
偉人の像では白色大理石による『マルクス・ノニウス・バルブスの彫像』が、家族の像では青銅製の『伝ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱』(部分)が印象に残りました。
※『マルクス・ノニウス・バルブスの彫像』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/pompei.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『伝ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱』(部分):http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/01L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
2 信仰
ここの展示は、ギリシア神話がそのままローマの神々の物語となったことによりギリシア彫刻がローマの神々の姿の元になっていることが良く分かる展示でした。
白い大理石の端正な美しさが目を引く英語読みではヴィーナスになる『ウェヌス像』は、巻き髪の緻密な描写や滑らかな着物の曲線がすばらしかったです。
※『ウェヌス像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/02L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、この展覧会の目玉展示の一つでポスターやパンフレットにも使われているフレスコ画『アキレスとキローン』は、鮮やかな色彩の生み出す美しさが圧巻でした。
※『アキレスとキローン』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/11L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
青銅製の『リラ奏者のアポロ』の複雑な形を精密に表現しているところも目を引きました。
3 娯楽
ここには、古代ローマで大人気の娯楽だった円形闘技場でおこなわれた剣闘士の試合に関連する展示がありました。
剣闘士が身につけていた兜や脛当、短剣などや、当時の剣闘士のフィギュアともいえる素焼の『剣闘士の小像』も展示されていました。
※『脛当』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/go02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『剣闘士の小像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/03L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
この他、驚きの表情が戯画のようなフレスコ画『悲劇の仮面』や、あまりに細くて長いのでとても楽器には見えない『フルヌス(ホルン)』も印象に残りました。
4 装身具
ここでは、当時のポンペイの女性たちを飾った装身具を中心に展示されていました。
中でも、伸ばすと2m50cmもの長さがあるという金製の『首飾り』の豪華さは他を圧倒していました。
※『首飾り』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/04L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、鮮明な絵が残っている『彩色画のある櫛』も印象に残りました。
※『彩色画のある櫛』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/so_02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
5 家々を飾る壁画
ここでは、ポンペイの出土品を代表する壁画が展示されていました。
緻密な装飾が印象的な『三脚を飾るクピドたち』や女神の優美な曲線と背景の赤色が印象的な『踊るマエナス』など見応えのある展示でした。
※『三脚を飾るクピドたち』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/05L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
※『踊るマエナス』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/ie0203.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
6 祭壇の神々
当時のポンペイの家には、ララリウムと呼ばれる祠あるいは祭壇が設けられていたそうです。
ここでは、そのララリウムに祀られた小型の神像が展示されていました。
ともに、青銅製の神像の緻密な装飾が目を引きました。
※『メルクリウス小像』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/06L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
※『ゲニウス小像』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/kami02.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
7 家具調度
ここでは、この展覧会の目玉展示の一つである『ボスコアーレ、ピサネッラ荘の高温浴室』(部分)が圧巻です。
ポンペイ近郊のボスコアーレの別荘から出土していた浴室の一部を再現したもので、大理石貼りのバスタブ、雨水か井戸水を入れるタンク、湯を沸かすボイラーとその湯をためるタンクで構成されていました。
給湯や追いだきもできて、現代のシステムと比べても遜色のないシステムでした。
※『ボスコレアーレ、ピサネッラ荘の高温浴室』(部分):http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/07L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
ここには、この展覧会で私の一番のお気に入りとなった『イルカのモザイク』が展示されていました。
白い石灰岩と黒い大理石を使ったシンプルなデザインのモザイクは、現代絵画を見るようでした。
※『イルカのモザイク』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/iruka.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
また、『飲料加熱器』、『飲料加熱器(サモワール)』の足がライオンの足になっているのがユニークでした。
8 生産活動
ポンペイ市民にとって、労働とは“家の中で行う仕事”で、農作業や土木作業のような戸外の重労働は奴隷が行うものだったとのことです。
ここでは、英語読みではキューピッドになるクピドが働いている場面のフレスコ画が印象に残りました。
※『働くクピドたち』(部分):http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/seisan01.jpg〔写真上段〕(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
※『葡萄を収穫するクピドたち』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/life01.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
9 饗宴の場
ここでは、饗宴の場で使われたテーブルや寝椅子、食器などが展示されていました。
特に“イクナスとイオの家”から出土した銀食器は、器の表面には、バラやツタなどの草花、鳥や動物などが華麗に装飾されており、その豪華さには驚かされました。
※『「イナクスとイオの家」出土の銀食器群より』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/09L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
また、青色が美しい『カメオガラスのパテラ』も印象に残りました。
これ、フライパンにしか見えませんでしたが、帰宅してから調べてみると“パテラ”というのはフライパンのような形の身を清める儀式に使うものだそうです。
展示説明に表示した方が親切なのではないかと思いました。
※『カメオガラスのパテラ』:http://www.ntv.co.jp/pompei/about/images/life01.jpg(日本テレビ「ポンペイ展 横浜展」のサイトから)
たくさんのガラス器も展示されていましたが、その中に非常に透明度の高い『杯』があって驚きました。…が、展示説明をよく読むと水晶の器でした。
この展示位置も観覧者を惑わす展示方法だと思いました。
10 憩いの庭園
ここでは、ポンペイの住宅の中庭に置かれた大理石製の彫像や水盤、噴水などが展示されていました。
髪の毛に金色が残る『噴水彫刻:童子とイルカ』は、イルカの口の部分から水が噴き出す仕掛けになっている彫刻でした。
水が出ているところを見てみたくなりました。
※『噴水彫刻:童子とイルカ』:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji10/100624/10L.jpg(名古屋市博物館のサイトから)
およそ2000年前に火山の噴火によって、埋没したポンペイの悲劇。その悲劇が現代に残してくれた古代ローマ文明の見事さを堪能できる展覧会でした。

[2010年8月22日(日)撮影]
私が訪れたのが、会期末1週間前の日曜日の午後ということもあって、最近の名古屋市博物館の展覧会では一番混雑していました。
夏休みということで親子連れも多かったですが、子どもたちがまるで雑踏のような館内で、きちんと展示を見ることができたかどうか心配になりました。
2010/08/24 21:00:53
秋野不矩美術館を訪れました。
今日は、先週の木曜日(19日)に訪れた秋野不矩美術館を紹介します(2010年8月19日の日記参照)。
※浜松市のサイトの秋野不矩美術館のページ:http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/
秋野不矩美術館は、5年ほど前にテレビで紹介されているのを見て以来、ずっと一度行って見たいと思っていた美術館でした。
※「美の巨人たち」(テレビ東京系:2005年8月27日放送):http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/f_050827.htm(「美の巨人たち」のサイトから)
設計は、藤森照信氏。彼が初めて手掛けた建築物だそうです。
藁が入った漆喰で塗られた壁、地元の天竜杉を使った小屋組、展示室の床に敷かれている籐ござなど自然素材にあふれた美術館でした。

[2010年8月19日(木)撮影]
山の上にあり、下から見ると城か砦のようです。

[2010年8月19日(木)撮影]
1階の常設展示室では、第3回所蔵品展「秋野不矩 創造の道3~いっすんぼうしと子どもたち~」〔2010年8月10日(火)~10月3日(日)〕が開催中でした。

[2010年8月19日(木)撮影]
常設展示室1では、絵本『いっすんぼうし』と絵本『きんいろのしか』の原画が展示されていました。
※『いっすんぼうし』(原画、一部):http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/images/works/isunboshi.jpg(浜松市のサイトから)
ここでは、広さを感じる砂だけの空間に一人立つガイドの孤独感が心の沁みる『砂漠のガイド』が印象に残りました。
また、『土地の家C』の中央に描かれている現地の子どもが描いたらしい絵がかわいかったです。
常設展示室2では、中央正面の全体を占めている『オリッサの寺院』が圧巻です。
絵が大きいだけに、前に座って見ていると異国の街角に入り込んだような感覚に襲われました。
※『オリッサの寺院』(写真中央):http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/images/06build.jpg(浜松市のサイトから)
ここで一番印象に残ったのが、黄色が目立つ『ガンガー』です。
ガンジス川を渡る水牛が点のようで、見ていると自分が卑小な存在に思えてきます。
隣に『ヴァラーハ(ヴィシュヌ化身 猪)』が展示されていたからかもしれませんが、自然の雄大さを実感できる作品でした。
また、『ラージャーニー寺院Ⅰ』は離れてみても美しい絵ですが、近寄ってみて大きな作品にもかかわらず、隅々まで緻密に描かれていることに驚きました。
2階の市民ギャラリーでは、91歳の造形画家・永井正御氏の個展「永井正御個展」〔2010年8月17日(火)~ 22日(日)〕が開かれていました。
ここでは、化石を含む石の断面のような『パルム紀の形象』が印象に残りました。
『パルム紀の形象』:http://www.galleryiteza.org/schedule/07/071009/nagai2-2.jpg(ギャラリー射手座のサイトから)
暑い日ざしの下で天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅から歩いて約15分。汗が流れ落ち始めたころに美術館のある山の麓に到着しました。
そこから見上げた山の上の美術館は、人を寄せ付けないようでした。…が、実際に中に入ってみると、非常にやわらかい印象を受けました。
平日の午後のせいか館内は静かで、作品をゆっくりと見ることができました。
心がおおらかな気分になる美術館でした。
今日は、先週の木曜日(19日)に訪れた秋野不矩美術館を紹介します(2010年8月19日の日記参照)。
※浜松市のサイトの秋野不矩美術館のページ:http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/
秋野不矩美術館は、5年ほど前にテレビで紹介されているのを見て以来、ずっと一度行って見たいと思っていた美術館でした。
※「美の巨人たち」(テレビ東京系:2005年8月27日放送):http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/f_050827.htm(「美の巨人たち」のサイトから)
設計は、藤森照信氏。彼が初めて手掛けた建築物だそうです。
藁が入った漆喰で塗られた壁、地元の天竜杉を使った小屋組、展示室の床に敷かれている籐ござなど自然素材にあふれた美術館でした。

[2010年8月19日(木)撮影]
山の上にあり、下から見ると城か砦のようです。

[2010年8月19日(木)撮影]
1階の常設展示室では、第3回所蔵品展「秋野不矩 創造の道3~いっすんぼうしと子どもたち~」〔2010年8月10日(火)~10月3日(日)〕が開催中でした。

[2010年8月19日(木)撮影]
常設展示室1では、絵本『いっすんぼうし』と絵本『きんいろのしか』の原画が展示されていました。
※『いっすんぼうし』(原画、一部):http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/images/works/isunboshi.jpg(浜松市のサイトから)
ここでは、広さを感じる砂だけの空間に一人立つガイドの孤独感が心の沁みる『砂漠のガイド』が印象に残りました。
また、『土地の家C』の中央に描かれている現地の子どもが描いたらしい絵がかわいかったです。
常設展示室2では、中央正面の全体を占めている『オリッサの寺院』が圧巻です。
絵が大きいだけに、前に座って見ていると異国の街角に入り込んだような感覚に襲われました。
※『オリッサの寺院』(写真中央):http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/images/06build.jpg(浜松市のサイトから)
ここで一番印象に残ったのが、黄色が目立つ『ガンガー』です。
ガンジス川を渡る水牛が点のようで、見ていると自分が卑小な存在に思えてきます。
隣に『ヴァラーハ(ヴィシュヌ化身 猪)』が展示されていたからかもしれませんが、自然の雄大さを実感できる作品でした。
また、『ラージャーニー寺院Ⅰ』は離れてみても美しい絵ですが、近寄ってみて大きな作品にもかかわらず、隅々まで緻密に描かれていることに驚きました。
2階の市民ギャラリーでは、91歳の造形画家・永井正御氏の個展「永井正御個展」〔2010年8月17日(火)~ 22日(日)〕が開かれていました。
ここでは、化石を含む石の断面のような『パルム紀の形象』が印象に残りました。
『パルム紀の形象』:http://www.galleryiteza.org/schedule/07/071009/nagai2-2.jpg(ギャラリー射手座のサイトから)
暑い日ざしの下で天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅から歩いて約15分。汗が流れ落ち始めたころに美術館のある山の麓に到着しました。
そこから見上げた山の上の美術館は、人を寄せ付けないようでした。…が、実際に中に入ってみると、非常にやわらかい印象を受けました。
平日の午後のせいか館内は静かで、作品をゆっくりと見ることができました。
心がおおらかな気分になる美術館でした。
2010/08/23 20:37:31
静岡県立美術館では、もう一つ展覧会が開催中でした。
今日も、昨日に続き、先週の木曜日(8月19日)に訪れた静岡県立美術館について紹介します(2010年8月19日の日記参照)。
静岡県立美術館では、収蔵品展「親子で楽しむ日本画 水のある風景」〔2010年7月21日(水)~9月12日(日)〕が開催中でした。
今回は収蔵品展は、日本画の中から“水”をテーマとして作品が選ばれているとのことです。
うねる波頭、鋭く落ちる滝、澄んだ渓流や深く沈静した湖面など、描かれた水の多彩な表情を見比べ、暑い夏に絵の中の涼しげな水に触れて、観客に一息ついてもらおうとする企画だそうです。
また、開催期間が夏休みに重なるため、大人も子どもも一緒に楽しめる内容としているとのことでした。
※静岡県立美術館の公式サイト:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/
まず、同じ井出玉川(井手玉川)を100年ほどの時を経て描いた六曲一双の屏風2点が並んで展示されていました。
1700年ごろと思われる『井出玉川・佐野渡図屏風』(狩野探信守政)と1830年ごろと思われる『井手玉川・大堰川図屏風』(狩野探信守道)です。
同じ狩野派・鍛冶橋狩野家の2代目と7代目にもかかわらず画風の違いに驚きました。
同じく六曲一双の『李白観瀑・子猷訪戴図屏風』(吉村孝敬)は、右隻の滝の動と左隻の湖面の静の対比が見事でした。
※『李白観瀑・子猷訪戴図屏風』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/shuzou/2010/03_imgs/sakuhin_p1.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
また、能を題材にした『松風村雨図屏風』(都路華喬)も、幽玄の世界を描いた右隻の夢幻の美と静かな水平線を描いた左隻の無限の美の対比が印象的でした。
『朝顔日記』(鏑木清方)は浄瑠璃の「生写朝顔話」を絵巻にしたものとのことですが、新聞連載小説の挿絵のような雰囲気で情緒豊かな世界が描かれており、印象に残りました。
繊細な筆遣いの『杓薬図』(速水御舟)はじっと見ていても飽きませんでしたし、『雨』(徳岡神泉)は、雨水が心の中にまで沁み入ってくるように感じられました。
この展覧会は、2階の第7展示室で開催されていました。
この展示室は、昨日、紹介した「トリノ・エジプト展」の会場を出たところにありますので、「トリノ・エジプト展」の観覧者は全員がここを通るはずなのですが、ゆっくりとみている人はあまりいませんでした。
質の高い作品が展示されているのに、少し残念でした。
今日も、昨日に続き、先週の木曜日(8月19日)に訪れた静岡県立美術館について紹介します(2010年8月19日の日記参照)。
静岡県立美術館では、収蔵品展「親子で楽しむ日本画 水のある風景」〔2010年7月21日(水)~9月12日(日)〕が開催中でした。
今回は収蔵品展は、日本画の中から“水”をテーマとして作品が選ばれているとのことです。
うねる波頭、鋭く落ちる滝、澄んだ渓流や深く沈静した湖面など、描かれた水の多彩な表情を見比べ、暑い夏に絵の中の涼しげな水に触れて、観客に一息ついてもらおうとする企画だそうです。
また、開催期間が夏休みに重なるため、大人も子どもも一緒に楽しめる内容としているとのことでした。
※静岡県立美術館の公式サイト:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/
まず、同じ井出玉川(井手玉川)を100年ほどの時を経て描いた六曲一双の屏風2点が並んで展示されていました。
1700年ごろと思われる『井出玉川・佐野渡図屏風』(狩野探信守政)と1830年ごろと思われる『井手玉川・大堰川図屏風』(狩野探信守道)です。
同じ狩野派・鍛冶橋狩野家の2代目と7代目にもかかわらず画風の違いに驚きました。
同じく六曲一双の『李白観瀑・子猷訪戴図屏風』(吉村孝敬)は、右隻の滝の動と左隻の湖面の静の対比が見事でした。
※『李白観瀑・子猷訪戴図屏風』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/shuzou/2010/03_imgs/sakuhin_p1.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
また、能を題材にした『松風村雨図屏風』(都路華喬)も、幽玄の世界を描いた右隻の夢幻の美と静かな水平線を描いた左隻の無限の美の対比が印象的でした。
『朝顔日記』(鏑木清方)は浄瑠璃の「生写朝顔話」を絵巻にしたものとのことですが、新聞連載小説の挿絵のような雰囲気で情緒豊かな世界が描かれており、印象に残りました。
繊細な筆遣いの『杓薬図』(速水御舟)はじっと見ていても飽きませんでしたし、『雨』(徳岡神泉)は、雨水が心の中にまで沁み入ってくるように感じられました。
この展覧会は、2階の第7展示室で開催されていました。
この展示室は、昨日、紹介した「トリノ・エジプト展」の会場を出たところにありますので、「トリノ・エジプト展」の観覧者は全員がここを通るはずなのですが、ゆっくりとみている人はあまりいませんでした。
質の高い作品が展示されているのに、少し残念でした。
2010/08/22 23:24:51
「トリノ・エジプト展」を見に行きました。
先週の木曜日(19日)に静岡を訪れた(2010年8月19日の日記参照)最大の目的は、静岡県立美術館で開催中の「トリノ・エジプト展」〔2010年6月12日(土)~8月22日(日)〕を見ることでした。
※静岡県立美術館の公式サイト:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/
※「トリノ・エジプト展」の公式サイト:http://www.torino-egypt.com/
この展覧会は、世界屈指のエジプト・コレクションを誇るトリノ・エジプト博物館の名品約120点を日本で初公開するものとのことです。
トリノ・エジプト博物館は、19世紀のナポレオンのエジプト遠征に従軍し、フランスのエジプト総領事となった外交官でエジプト学者のベルナルディーノ・ドロヴェッティの収集品を中心に創設されたものだそうです。

[2010年8月19日(木)撮影]
展示は、5章で構成されていました。
第1章 トリノ・エジプト博物館
入り口を入ってすぐに、『トトメス3世のシリア遠征パピルス』(新王国時代・第20王朝)が展示されていました。
さすがに断片ですが、3000年以上のものがこうして残っていることには驚きました。
※『トトメス3世のシリア遠征パピルス』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex1_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、『神格化された黒いイアフネス・ネフェルトイリ王妃の小像』(新王国時代・第18~19王朝)の非常に緻密な美しさも目を引きました。
第2章 彫像ギャラリー
トリノ・エジプト博物館の目玉の一つであるアメリカアカデミー賞受賞美術監督ダンテ・フェレッティによる、照明と鏡を駆使した彫像ギャラリーが再現されていました。
昼でも暗い神殿内部を再現したといわれる照度を落とした照明と鏡による展示は、幻想的でした。
特に、この展覧会の目玉展示でもある『アメン神とツタンカーメン王の像』(新王国時代・第18王朝)の展示では、左右の角に天井までの鏡が設置されており、その先にも展示室があり、彫像が並んでいるかのような錯覚に陥りました。
※『アメン神とツタンカーメン王の像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_05.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)

[看板の右側が『アメン神とツタンカーメン王の像』:2010年8月19日(木)撮影]
また、展示室を入ってすぐにある『ライオン頭のセクメト女神座像』(新王国時代・第18王朝)は見るものを圧倒する美しさでした。
※『ライオン頭のセクメト女神座像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_04.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『コンスのピラビディオン』(新王国時代・第18~20王朝)の緻密な浮き彫りの美しさや、『牡羊の頭』(新王国時代・第19王朝)の驚異的な巨大さもすばらしかったです。
さらに、まるで金属製のような光沢のある『イビの石製人型棺の蓋』(末期王朝時代・第26王朝)の緻密さと美しさにも圧倒されました。
※『イビの石製人型棺の蓋』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)

[『イビの石製人型棺の蓋』の写真が使われている案内板:2010年8月19日(木)撮影]
第3章 祈りの軌跡
ここでは、『アメン・ラー神に牡羊の頭部を捧げるペンシェナブの像』(新王国時代・第19王朝)の美しさが目を引きます。
※『アメン・ラー神に牡羊の頭部を捧げるペンシェナブの像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex3_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、夫婦と小さな子どもと思われる『家族像』(新王国時代・第18王朝)には微笑ましさを、『ステラを奉納するウベンラーの像』(新王国時代・第18~20王朝)にはかわいらしさを感じました。
『ハヤブサの小像』(プトレマイオス時代後期)を始めとする副葬品の動物の木像の写実的な美しさも印象に残りました。
※『ハヤブサ、トキ、ジャッカルの小像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex3_03.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
第4章 死者の旅立ち
展示室の中央に、第3中間期の彩色木棺がいくつか展示されていました。
中でも『タバクエンコンスの人型棺』(第3中間期・第21王朝)は隙間なく神々が描かれており、その美しさは圧巻でした。
※『タバクエンコンスの人型棺』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex4_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、『神殿の庭師メンチュイルデスの人型の内棺』(第3中間期・第22王朝末期)は火災にあったとのことで、表面は一部焦げていましたが、内側に残っている鮮やかな色彩は2800年前のものとは思えない美しさでした。
まるでデスマスクのように写実的な『人型棺の顔』(新王国時代・第20王朝)や、細かい装飾が美しい『女性の人型棺の蓋の上部』(新王国時代・第19~20王朝)、やさしい顔が印象的な『人型棺の蓋の上部』(末期王朝時代・第26~31王朝)など、人型棺の顔の部分だけが残っているものも多く展示されていました。
ミイラ作りには欠かせないカノポス容器も展示されており、アラバスター製の『ウアフイブラーのカノポス容器』(末期王朝時代・第26王朝)は、どこかかわいらしささえ感じさせました。
ちなみに、4つの容器の人間の姿のイムセティ神は肝臓を、ヒヒの姿のハピ神は肺を、ジャッカルの姿のドゥアムウトエフ神は胃を、ハヤブサの姿のケベフセヌウエフ神は腸をそれぞれ守るとされているそうです。
※『ウアフイブラーのカノポス容器』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex4_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『ブタハ・ソカル・オシリス神小像』(末期王朝時代・第26王朝)の美しさも印象に残りました。
第5章 再生への扉
ここでは、やはり『子供のミイラ』(プトレマイオス時代)が印象に残りました。
この子は女の子とのことでしたが、この子をミイラにした親の気持ちを思うと正視できないものがありました。
※『子供のミイラ』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex5_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『ハルワの棺とミイラ』(第3中間期・第22王朝末期)では、蓋の裏側にまで絵が描かれていることに驚きました。
副葬品では、『牡羊の頭の首飾り』(第3中間期~末期王朝時代・第25~26王朝)の豪華さや、『ロータス文様のファイアンス製容器』(新王国時代・第18~20王朝)の青の美しさが印象に残りました。
※『牡羊の頭の首飾り』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex5_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
※『ロータス文様のファイアンス製容器』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/02_imgs/sakuhin_p4.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
また、同じステラ〔石碑〕でも鮮やかな色彩が残っている『メキメンチュウとその妻ネブエムウセケトのステラ』(新王国時代・第18王朝)と文字装飾が魅力的な『タシェリエンバステトのステラ』(プトレマイオス時代)という異なった美しさに出会うことができました。
2階の展示室を出て階段を下りると、ただ一つ『オシリス神をかたどった王の巨像頭部』だけが1階ロビーに展示されていて、少し寂しそうでした。
※『オシリス神をかたどった王の巨像頭部』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/02_imgs/sakuhin_p5.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
会期があとわずかということもあり、平日というのに大変混雑しており、全てを見るのに結構時間がかかりました。
しかし、古代エジプトの魅力に浸ることのできた大満足の1時間半でした。
また、夏休み中ということで、館内は親子連れも目立ちましたが、大きな彫像やミイラの展示は子どもたちにも大人気でした。
先週の木曜日(19日)に静岡を訪れた(2010年8月19日の日記参照)最大の目的は、静岡県立美術館で開催中の「トリノ・エジプト展」〔2010年6月12日(土)~8月22日(日)〕を見ることでした。
※静岡県立美術館の公式サイト:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/
※「トリノ・エジプト展」の公式サイト:http://www.torino-egypt.com/
この展覧会は、世界屈指のエジプト・コレクションを誇るトリノ・エジプト博物館の名品約120点を日本で初公開するものとのことです。
トリノ・エジプト博物館は、19世紀のナポレオンのエジプト遠征に従軍し、フランスのエジプト総領事となった外交官でエジプト学者のベルナルディーノ・ドロヴェッティの収集品を中心に創設されたものだそうです。

[2010年8月19日(木)撮影]
展示は、5章で構成されていました。
第1章 トリノ・エジプト博物館
入り口を入ってすぐに、『トトメス3世のシリア遠征パピルス』(新王国時代・第20王朝)が展示されていました。
さすがに断片ですが、3000年以上のものがこうして残っていることには驚きました。
※『トトメス3世のシリア遠征パピルス』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex1_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、『神格化された黒いイアフネス・ネフェルトイリ王妃の小像』(新王国時代・第18~19王朝)の非常に緻密な美しさも目を引きました。
第2章 彫像ギャラリー
トリノ・エジプト博物館の目玉の一つであるアメリカアカデミー賞受賞美術監督ダンテ・フェレッティによる、照明と鏡を駆使した彫像ギャラリーが再現されていました。
昼でも暗い神殿内部を再現したといわれる照度を落とした照明と鏡による展示は、幻想的でした。
特に、この展覧会の目玉展示でもある『アメン神とツタンカーメン王の像』(新王国時代・第18王朝)の展示では、左右の角に天井までの鏡が設置されており、その先にも展示室があり、彫像が並んでいるかのような錯覚に陥りました。
※『アメン神とツタンカーメン王の像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_05.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)

[看板の右側が『アメン神とツタンカーメン王の像』:2010年8月19日(木)撮影]
また、展示室を入ってすぐにある『ライオン頭のセクメト女神座像』(新王国時代・第18王朝)は見るものを圧倒する美しさでした。
※『ライオン頭のセクメト女神座像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_04.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『コンスのピラビディオン』(新王国時代・第18~20王朝)の緻密な浮き彫りの美しさや、『牡羊の頭』(新王国時代・第19王朝)の驚異的な巨大さもすばらしかったです。
さらに、まるで金属製のような光沢のある『イビの石製人型棺の蓋』(末期王朝時代・第26王朝)の緻密さと美しさにも圧倒されました。
※『イビの石製人型棺の蓋』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex2_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)

[『イビの石製人型棺の蓋』の写真が使われている案内板:2010年8月19日(木)撮影]
第3章 祈りの軌跡
ここでは、『アメン・ラー神に牡羊の頭部を捧げるペンシェナブの像』(新王国時代・第19王朝)の美しさが目を引きます。
※『アメン・ラー神に牡羊の頭部を捧げるペンシェナブの像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex3_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、夫婦と小さな子どもと思われる『家族像』(新王国時代・第18王朝)には微笑ましさを、『ステラを奉納するウベンラーの像』(新王国時代・第18~20王朝)にはかわいらしさを感じました。
『ハヤブサの小像』(プトレマイオス時代後期)を始めとする副葬品の動物の木像の写実的な美しさも印象に残りました。
※『ハヤブサ、トキ、ジャッカルの小像』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex3_03.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
第4章 死者の旅立ち
展示室の中央に、第3中間期の彩色木棺がいくつか展示されていました。
中でも『タバクエンコンスの人型棺』(第3中間期・第21王朝)は隙間なく神々が描かれており、その美しさは圧巻でした。
※『タバクエンコンスの人型棺』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex4_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
また、『神殿の庭師メンチュイルデスの人型の内棺』(第3中間期・第22王朝末期)は火災にあったとのことで、表面は一部焦げていましたが、内側に残っている鮮やかな色彩は2800年前のものとは思えない美しさでした。
まるでデスマスクのように写実的な『人型棺の顔』(新王国時代・第20王朝)や、細かい装飾が美しい『女性の人型棺の蓋の上部』(新王国時代・第19~20王朝)、やさしい顔が印象的な『人型棺の蓋の上部』(末期王朝時代・第26~31王朝)など、人型棺の顔の部分だけが残っているものも多く展示されていました。
ミイラ作りには欠かせないカノポス容器も展示されており、アラバスター製の『ウアフイブラーのカノポス容器』(末期王朝時代・第26王朝)は、どこかかわいらしささえ感じさせました。
ちなみに、4つの容器の人間の姿のイムセティ神は肝臓を、ヒヒの姿のハピ神は肺を、ジャッカルの姿のドゥアムウトエフ神は胃を、ハヤブサの姿のケベフセヌウエフ神は腸をそれぞれ守るとされているそうです。
※『ウアフイブラーのカノポス容器』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex4_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『ブタハ・ソカル・オシリス神小像』(末期王朝時代・第26王朝)の美しさも印象に残りました。
第5章 再生への扉
ここでは、やはり『子供のミイラ』(プトレマイオス時代)が印象に残りました。
この子は女の子とのことでしたが、この子をミイラにした親の気持ちを思うと正視できないものがありました。
※『子供のミイラ』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex5_01.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
『ハルワの棺とミイラ』(第3中間期・第22王朝末期)では、蓋の裏側にまで絵が描かれていることに驚きました。
副葬品では、『牡羊の頭の首飾り』(第3中間期~末期王朝時代・第25~26王朝)の豪華さや、『ロータス文様のファイアンス製容器』(新王国時代・第18~20王朝)の青の美しさが印象に残りました。
※『牡羊の頭の首飾り』:http://www.fujitv.co.jp/events/torino-egypt/photo/ex5_02.jpg(「トリノ・エジプト展」の公式サイトから)
※『ロータス文様のファイアンス製容器』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/02_imgs/sakuhin_p4.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
また、同じステラ〔石碑〕でも鮮やかな色彩が残っている『メキメンチュウとその妻ネブエムウセケトのステラ』(新王国時代・第18王朝)と文字装飾が魅力的な『タシェリエンバステトのステラ』(プトレマイオス時代)という異なった美しさに出会うことができました。
2階の展示室を出て階段を下りると、ただ一つ『オシリス神をかたどった王の巨像頭部』だけが1階ロビーに展示されていて、少し寂しそうでした。
※『オシリス神をかたどった王の巨像頭部』:http://www.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/exhibition/kikaku/2010/02_imgs/sakuhin_p5.jpg(静岡県立美術館のサイトから)
会期があとわずかということもあり、平日というのに大変混雑しており、全てを見るのに結構時間がかかりました。
しかし、古代エジプトの魅力に浸ることのできた大満足の1時間半でした。
また、夏休み中ということで、館内は親子連れも目立ちましたが、大きな彫像やミイラの展示は子どもたちにも大人気でした。
2010/08/21 21:37:10
今日の謡の稽古は、『老松』の2回目。
今日の謡の稽古は、『老松』の2回目でした。
今日の場面は、筑前の安楽寺に着いた梅津某が、花盛りの梅の木に花垣を囲っている老若二人の男に、「有名な飛梅というのは、どの木のことか」と尋ね、「われらは紅梅殿と崇めている」とその梅を教えられる場面です。
※『老松』のあらすじ:http://www.syuneikai.net/oimatsu.htm(名古屋春栄会のサイトから)
シテ、ツレ「風を追ってひそかに開く。年の葉守の松の戸に。
春を迎えてたちまちに。うるおう四方の草木まで。
神の恵みに.靡くやと。春めきわたる.盛りかな。
歩みを運ぶ宮寺の.光のどけき春の日に。
松が根の岩間を伝う.苔莚。
ツレ「岩間をつとう苔莚。
シテ、ツレ「敷島の道までも.げに末ありや.この山の。
天ぎる雪の古枝をも.なお惜しまるる花盛り。
手折りやすると守る梅の.花垣いざや囲わん.梅の花垣を.囲うわん。
ワキ「いかにこれなる人人に尋ね申すべき事の候。
シテ「こなたの事にて候か何事にて候ぞ。
ワキ「この安楽寺において。飛び梅とはいずれの木を申し候ぞ。
シテ「あら事もおろかや我らはただ。紅梅殿とこそ崇め申し候え。
ワキ「げにげに紅梅殿とも崇め申すべきぞや。かたじけなくもご詠歌により。
今この国に飛び来たり。神木となり給えば。
崇めてもなお.飽きたらずこそ候え。
今日の箇所で、特に謡いにくいところはありませんでした。
一方、今日の仕舞の稽古は『養老』の2回目でした。
※『養老』のあらすじ:http://www.syuneikai.net/yoro.htm(名古屋春栄会のサイトから)
シテ「君は舟。
地謡「君は舟。臣は水。水よく舟を。浮かめ浮かめて。
臣よく君を。仰ぐみ代ぞと。いく久しさも。つきせじやつきせじ。
君に引かるる。玉水の。。
前回稽古した(2010年8月14日の日記参照)、冒頭のシテ謡「松かげに。千代をうけたる。みどりかな。」を力強く、次のシテ謡「みずとうとうどして。波いういうたり。」をゆったりと謡うよう指導を受けました。
シテ謡を、再度、しっかり稽古しようと思っています。
今日の謡の稽古は、『老松』の2回目でした。
今日の場面は、筑前の安楽寺に着いた梅津某が、花盛りの梅の木に花垣を囲っている老若二人の男に、「有名な飛梅というのは、どの木のことか」と尋ね、「われらは紅梅殿と崇めている」とその梅を教えられる場面です。
※『老松』のあらすじ:http://www.syuneikai.net/oimatsu.htm(名古屋春栄会のサイトから)
シテ、ツレ「風を追ってひそかに開く。年の葉守の松の戸に。
春を迎えてたちまちに。うるおう四方の草木まで。
神の恵みに.靡くやと。春めきわたる.盛りかな。
歩みを運ぶ宮寺の.光のどけき春の日に。
松が根の岩間を伝う.苔莚。
ツレ「岩間をつとう苔莚。
シテ、ツレ「敷島の道までも.げに末ありや.この山の。
天ぎる雪の古枝をも.なお惜しまるる花盛り。
手折りやすると守る梅の.花垣いざや囲わん.梅の花垣を.囲うわん。
ワキ「いかにこれなる人人に尋ね申すべき事の候。
シテ「こなたの事にて候か何事にて候ぞ。
ワキ「この安楽寺において。飛び梅とはいずれの木を申し候ぞ。
シテ「あら事もおろかや我らはただ。紅梅殿とこそ崇め申し候え。
ワキ「げにげに紅梅殿とも崇め申すべきぞや。かたじけなくもご詠歌により。
今この国に飛び来たり。神木となり給えば。
崇めてもなお.飽きたらずこそ候え。
今日の箇所で、特に謡いにくいところはありませんでした。
一方、今日の仕舞の稽古は『養老』の2回目でした。
※『養老』のあらすじ:http://www.syuneikai.net/yoro.htm(名古屋春栄会のサイトから)
シテ「君は舟。
地謡「君は舟。臣は水。水よく舟を。浮かめ浮かめて。
臣よく君を。仰ぐみ代ぞと。いく久しさも。つきせじやつきせじ。
君に引かるる。玉水の。。
前回稽古した(2010年8月14日の日記参照)、冒頭のシテ謡「松かげに。千代をうけたる。みどりかな。」を力強く、次のシテ謡「みずとうとうどして。波いういうたり。」をゆったりと謡うよう指導を受けました。
シテ謡を、再度、しっかり稽古しようと思っています。
2010/08/20 22:22:45
夏の京都に出かけました。
夏休みパート2の2日目は、日帰りの京都への旅でした。
今回の旅の目的は、「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」で公開されている「下鴨神社 本殿・大炊殿」と「清水寺 大講堂《多宝閣仏足石・宝蔵殿》」を見に行くことでした。
※(社)京都市観光協会の「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2010/natsutabi10_02.html
今日の京都は、最高気温が36.6℃と猛暑日で、境内を歩いていると汗が滴り落ちました。

[下鴨神社の鳥居と参道]

[清水寺の本堂と三重塔]
今日の旅の様子については、後日、紹介させていただきます。
夏休みパート2の2日目は、日帰りの京都への旅でした。
今回の旅の目的は、「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」で公開されている「下鴨神社 本殿・大炊殿」と「清水寺 大講堂《多宝閣仏足石・宝蔵殿》」を見に行くことでした。
※(社)京都市観光協会の「第35回京の夏の旅 文化財特別公開」のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2010/natsutabi10_02.html
今日の京都は、最高気温が36.6℃と猛暑日で、境内を歩いていると汗が滴り落ちました。

[下鴨神社の鳥居と参道]

[清水寺の本堂と三重塔]
今日の旅の様子については、後日、紹介させていただきます。