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2009 / 03
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名古屋市内の桜は、まだ三分咲き。

このところの冷え込みで、開花宣言〔2009年3月19日の日記参照〕から明日で10日ですが、名古屋市内のはまだ三分咲き程度です。
実家の近くの御幸山の街路樹のも、樹によってバラツキが見られるものの、三分から五分咲き程度でした。

御幸山の桜2009_01

御幸山の桜2009_02

の季節になると、思い出すが二つあります。
一つは、芭蕉

さまざまの こと思い出す 桜かな

という俳句で、もう一つは、

年年歳歳花相似〔年年歳歳花相似たり〕
歳歳年年人不同〔歳歳年年人同じからず〕


という漢詩の一節です。
これは、初唐の詩人・劉廷芝劉希夷〕の代表作『代悲白頭翁』の一節です。

4月1日付の人事異動でで5年間勤務した職場を異動することになったので、今年のは例年にも増して記憶に残りそうです。



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レンギョウの花が咲いていました。

レンギョウ〔連翹〕中国原産のモクセイ科の落葉低木広葉樹で、学名はForsythia suspensa
春の彼岸の頃から4月中旬にかけて、黄色い2~3cmの4枚の花弁からなる花を咲かせます。

レンギョウ200903
[2009年3月21日(土)撮影]

名古屋の人であった山本荷兮が編集した句集で、芭蕉七部のひとつでもある「あら野〔阿羅野・曠野〕」にレンギョウ〔連翹〕を詠んだ句があります。

連翹や 其望日と しほれけり (胡及

この句は、元禄2(1689)年2月、西行五百年忌にあたって詠まれた句だそうです。
西行の命日は、文治6年2月16日ですので、太陽暦では明日(1190年3月23日)です。
胡及名古屋の人と伝えられています。

今日の午後、行われた故廣瀬瑞弘師の葬儀では、出棺の際に金春流の関係者で『』のキリの部分を謡ってお見送りしました。

この光陰に誘われて。
月の都に。
入りたもう粧い。
あら名残おしの面影や。
名残おしの面影。




コーヒーノキに花が咲きました。

この鉢植えの木に花が咲いたのは初めてです。

コーヒーノキの花200903
[2009年3月20日(金)撮影]

白い花はジャスミンに似た非常に甘い香りがします。
コーヒーノキは、アジア・アフリカの熱帯地方が原産の常緑小高木で、アラビアコーヒーノキロブスタコーヒーノキリベリアコーヒーノキなどの種類があるそうです。
アラビアコーヒーノキエチオピアが、ロブスターコーヒーノキコンゴが、リベリアコーヒーノキ西アフリカが原産とのこと。
作物として最も栽培されているのは、アラビアコーヒーノキだそうです。
また、観葉植物として販売されているのも、ほとんどはアラビアコーヒーノキとのことで、この木もアラビアコーヒーノキのようです。


お正月と夏の発表会を、名古屋春栄会と共催させていただいている春敲会の創設者の廣瀬瑞弘師が亡くなられ、今夜、その通夜がありました。
最後に、金春穂高先生を始めおよそ20名で、『初雪』のキリの部分を謡いました。
瑞弘先生が、コーヒーがお好きだったことを思い出しました。



白木蓮が満開です。

今日の名古屋は雨の朝でしたが、9時前には雨も上がり、青空が見えるようになりましたが、風のとても強い一日でした。
日曜日にはまだ蕾だった実家の庭の白木蓮の花があっという間に満開になり、今日の強風でもう散り始めていました。

白木蓮200903

白木蓮の枝や花の間を通して見る空は、本当に鮮やかな青色でした。

今日は、夏目漱石の『草枕』から、白木蓮の花について書かれている部分を紹介します。

草枕』(夏目漱石)

十一 〔抜粋〕

石甃を行き尽くして左へ折れると庫裏へ出る。庫裏の前に大きな木蓮がある。ほとんど一と抱もあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。そうして枝の重なり合った上が月である。普通、枝がああ重なると、下から空は見えぬ。花があればなお見えぬ。木蓮の枝はいくら重なっても、枝と枝の間はほがらかに隙いている。木蓮は樹下に立つ人の眼を乱すほどの細い枝をいたずらには張らぬ。花さえ明かである。この遥かなる下から見上げても一輪の花は、はっきりと一輪に見える。その一輪がどこまで簇がって、どこまで咲いているか分らぬ。それにもかかわらず一輪はついに一輪で、一輪と一輪の間から、薄青い空が判然と望まれる。花の色は無論純白ではない。いたずらに白いのは寒過ぎる。専らに白いのは、ことさらに人の眼を奪う巧みが見える。木蓮の色はそれではない。極度の白きをわざと避けて、あたたかみのある淡黄に、奥床しくも自らを卑下している。余は石甃の上に立って、このおとなしい花が累々とどこまでも空裏に蔓る様を見上げて、しばらく茫然としていた。眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。
木蓮の花ばかりなる空を瞻る
と云う句を得た。どこやらで、鳩がやさしく鳴き合うている。



これほど白木蓮の花を的確に描写した文章は他にはないと思っています。



今日、名古屋で桜が開花しました。

名古屋地方気象台による、ソメイヨシノが開花宣言がありました。
平年より9日早く、昨年より3日早い観測とのことで、昭和28(1953)年の観測開始以来、3番目に早い観測となったとのこと。
ちなみに、過去一番早かったのは平成元(1989)年と平成2(1990)年の3月17日だそうです。

』(萩原朔太郎)

櫻のしたに人あまたつどひ居ぬ
なにをして遊ぶならむ。
われも櫻の木の下に立ちてみたれども
わがこころはつめたくして
花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。
いとほしや
いま春の日のまひるどき
あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。



桜の季節は出会いの季節でもあり、別れの季節でもあります。
大勢でする花見にも、親しい人とする花見にも、そして一人で眺める桜にも、それぞれ良いものがあると思います。
桜を見ると思い出すことが、少しずつ増えていきます。



シクラメンの花が咲き始めました。

少し(?)時期はずれですが、シクラメンの花が咲き始めました。

シクラメン200903
[2009年3月15日(日)撮影]

この鉢植えは、2回目の夏越しをした鉢です。
2007年12月31日の日記参照

シクラメンの鉢植えが、日本で一番多く栽培されている花の鉢植えだという話を聞いたことがありますが、イメージとしては現代のものと言うイメージがあるので、林芙美子の『放浪記』に“シクラメンの鉢”が出てきて驚いた記憶があります。
放浪記』は、林芙美子19歳から23歳頃までの放浪の日々を綴った私小説といわれています。
したがって、小説の舞台は、大正12(1923)年から昭和2(1927)年頃までとなります。
シクラメンは、明治になって日本に伝わり、日本での本格的な栽培は大正12(1923)年に岐阜県恵那市伊藤孝重氏によるものが最初と言われ、恵那市近郊で本格的な出荷が始まるのは昭和10(1935)年頃とのことです。
したがって、芙美子が買ってきたシクラメンの鉢植えは、まだシクラメンの鉢植えが貴重な時代のものということがわかります。
また、園芸種のシクラメンは品種改良の過程で、香りが失われたものがほとんどだそうです。
芙美子の買ってきたシクラメンはそういう意味でも貴重なものだったのかもしれません。



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君子蘭の花が咲き始めました。

実家の鉢植えの君子蘭が、今年も咲き始めていました。

クンシラン200903
[2009年3月15日(日)撮影]

いつもはお彼岸の頃に屋外に出しているとのことですが、今年は1週間ほど早いようです。

君子蘭 蟻頭をふりて 頂に (加藤楸邨



今年も枝垂れ梅の花が満開です。

実家の庭の道路沿いにある枝垂れ梅の花が満開になっていました。
先週の土曜日は、まだ三分咲き程度でしたので、春が駆け足でやって来ていることがわかります。

枝垂れ梅200903_01
[2009月3月7日(土)撮影]

枝垂れ梅200903_02
[2009年3月15日(日)撮影]

梅の香りがあたりに漂っていました。
でも、梅の香りは朝が一番強いというのは本当なのでしょうか。

梅が香に のつと日の出る 山路哉 (芭蕉



今日の謡の稽古は、『藤永』の2回目。

の稽古は、前々回の稽古(2009年2月28日の日記参照)に引き続き、『藤永』の2回目でした。
今日の場面は、芦屋の里で宿を借りた修行僧姿の最明寺時頼が、塩屋にいた幼き人が尋常ではないことに気付き、その人が伯父藤永に所領を横領された芦屋の前地頭・藤左衛門の一子・月若丸であることを知る場面です。

地謡「さていつの世の情ぞや。雨は降らねどこの宿は。
   一樹の蔭と.おぼえたり.一樹の蔭とおぼえたり。

ワキ「いかに申すべきことの候。
ワキツレ「何事にて候ぞ。
ワキ「これなる幼き人を見申せば。
   由ある人と見えたまいて候。
   これはいかなる人にてわたり候ぞ。

ワキツレ「これはただ賎しき海人の奴にて候。
ワキ「いやいや世の常の人にてはなく候。 
   包まず名字をおん名のり候え。

ワキツレ「重ねて承り候ほどに。さらば名字を申し候べし。
   これこそ芦屋の前地頭。藤左衛門殿のご子息にてわたり候。

ワキ「それは何ゆえこのところにはわたり候ぞ。
ワキツレ「さん候藤左衛門殿ご死去の後。伯父御の藤永殿。
   兄の一跡を横領し。その身は重恩に誇り。
   この人はかかる賎しき海人の奴となしたまいて候。

ワキ「あら痛わしや。さて重書をおん持ち候わぬか。
ワキツレ「重書をばそれがし預かり申して候。
ワキ「その重書をそとおん見せ候えかし。
ワキツレ「名字をも申し候上は。重書をもおん目にかけ候べし。
ワキ「なになに芦屋の荘七百余町のところ。
   一子月若丸に譲り置くところなり。芦屋の藤左衛門家俊。
   あら正しの重書や候。


三輪』のシテ謡がなかなかうまく謡えないので、今日は、前回のの稽古(2009年3月7日の日記参照)のおさらいの方に時間をかけていただきました。


舞囃子の稽古は、今日は『三輪』の神楽の初段の部分を稽古でした。

この段階でもう挫けそうです……。



「サライ(2009年5号)」は、能の特集です。

サライ(2009年5号)」〔2009年3月5日号、2月19日発売〕に『「能・狂言」幽玄なるこころの旅』と題した特集記事が掲載されているということで、遅ればせながら日曜日(3月8日)に購入しました。
既に「サライ(2009年6号)」が、3月5日に発売済みでしたので、バックナンバーとしての購入となりました(毎月第1・第3木曜日が発売日だそうです)。

サライ2009年5号

表紙は、金春流能楽師の本田光洋師の『江口』です。

能舞台能面能装束能楽シテ方5流派についてなどの能楽の基本知識の説明や、能楽の歴史の解説などが丁寧に記述されていて、初心者にも能楽ファンにも楽しめる内容だと思います。

紹介が遅くなった(購入したのも遅かったのですが…)ので、書店では購入しにくいかもしれませんが、まだご覧でない方はぜひご一読ください。







名古屋市美術館は屋外にも作品があります。

名古屋市美術館では、開館20周年記念「20年のあゆみ展」が開催中です〔昨日の日記参照〕が、それにあわせて現代音楽家・鈴木昭男 の「点音 in 白川公園」が行われていました。
これは、“耳と足をひとつのかたちにしたマークのある点音(おとだて)ポイントをさぐりながら、音のある環境に身をおき、その場を楽しむ”ものだそうで、名古屋市美術館のある白川公園内の9か所にある点音ポイントをめぐるものです。

展覧会を見た後に、天気も良かったので私もめぐってみました。なかなか不思議な感覚を味わうことができました。

白川公園を一周し、あらためて公園内に多くの現代美術の作品が展示されていることに気付きました。
私の一番のお気に入りは、『ボールをつかむ爪の上の野兎』(バリー・フラナガン Barry Flanagan)〔1989年、1990年設置〕ですが、2007年11月21日の日記で紹介しましたので、今日はそれ以外から2点紹介します。

1点目は、美術館の東南のすぐ外にある『接近Ⅴ』(アントニー・ゴームリー Antony Mark David Gormley)〔1989年、1998年設置〕です。この作品では、“大地と限りなく接続しようとする男の姿を通して、人間と地球生命のつながりが表現されている”とのことです。

接近Ⅴ_ゴームリー
[2009年3月8日(日)撮影]

2点目は、噴水の南側にある『彼らはのぞきこんでいる』(イリヤ・カバコフ Ilya Kabakov)〔1998年、1999年設置〕です。空白の井戸をのぞきこむ16人の少年を真上から見た様子が描かれている作品です。

彼らはのぞきこんでいる_カバコフ01
[2009年3月8日(日)撮影:噴水の後ろは、名古屋市科学館

彼らはのぞきこんでいる_カバコフ02
[2009年3月8日(日)撮影]

この絵は、カバコフが、“本来は真っ暗な深い井戸をのぞきこんでいるはずなのに、そこには白い空がある”というパラドックスが描いたものだそうです。

この2作品を見るだけでも、不思議な世界を感じることができるとは思いませんか?



名古屋市美術館に行きました。

名古屋市美術館では、開館20周年記念「20年のあゆみ展」が開催中(2009年3月29日(日)まで〕です。
今日は、春のような陽気の日曜日ということで、美術館のある白川公園は菜の花が満開で、親子連れなどでにぎわっていました。

名古屋市美術館200903

同時開催中の常設展「名品コレクション展Ⅲ」の作品を含めると、名古屋市美術館の収蔵品のほとんどが展示されているという感じの展覧会でした。
もちろん、名古屋市美術館の目玉である『おさげ髪の少女』(アメデオ・モディリアーニ Amedeo Clemente Modigliani)〔1918年頃〕は展示されていますし、私のお気に入りの『死の仮面を被った少女』(フリーダ・カーロ Frida Kahlo)〔1938年〕も展示されていました。
※『おさげ髪の少女』:名古屋市美術館のサイトから 
※『死の仮面を被った少女』:名古屋市美術館のサイトから 

また、一見すると歌舞伎の隈取のように見える北脇昇の「観相学」シリーズの代表作『鳥獣曼荼羅』(北脇昇)〔1938年〕や天童荒太の『永遠の仔』の表紙に使われて有名になった『かたい布はときどき話す』(舟越桂)〔1988年〕のように、私がこれまでなかなか実物を見ることのできなかった作品と対面でき、楽しいひとときを過ごすことができました。
※『かたい布はときどき話す』:名古屋市美術館のサイトから

名品コレクション展Ⅲ」では、森村泰昌の『兄弟(虐殺Ⅰ)』〔1991年〕と『兄弟(虐殺Ⅱ)』〔1991年〕を初めて見ることができました。森村泰昌の作品の実物を見るのは初めてでしたので、とても興味深かったです。

結構充実した展示内容にもかかわらず、日曜日というのに、館内が閑散としていたのは残念でした。



kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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