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2008 / 11
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「名古屋開府400年 

400日前カウントダウンイベント」が、昨日〔11月29日(土)〕、オアシス21名古屋市東区)で開催されました。
名古屋開府400年の公式サイト:http://www.nagoya400.jp/
オアシス21の公式サイト:http://www.sakaepark.co.jp/

このイベントは、11月27日(木)が、名古屋開府400年を迎える2010年まであと400日前となるのを記念して、27日(木)から29日(土)までの3日間開催されたものです。
この日は、名古屋開府400年マスコットキャラクター400年の旅人の「はち丸」に続き、やっとカメの「だなも」となごやジョウの「エビザベス」の着ぐるみが初登場しました。

400日前カウントダウンイベント01
左から、はち丸だなも、あいさつする松原武久名古屋市長エビザベス
[2008年11月29日(土):オアシス21にて]
マスコットキャラクターの紹介:名古屋開府400年のサイトから

その後、名古屋開府400年記念事業実行委員会ゼネラルプロデューサー荒俣宏さんと名古屋出身の兵藤ゆきさんと名古屋の子どもたちが名古屋の未来を語るトークセッションが行われました。

400日前カウントダウンイベント02
右から、兵藤ゆきさん、荒俣宏さん、名古屋開府400年子ども実行委員会子どもたち
[2008年11月29日(土):オアシス21にて]

その後、再び、400年の旅人の「はち丸」とやっとカメの「だなも」となごやジョウの「エビザベス」再登場して、クイズ大会が行われました。

400日前カウントダウンイベント03
左から、はち丸だなもエビザベス
[2008年11月29日(土):オアシス21にて]

暖かな午後でしたので、多くの市民でにぎわっていました。



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名古屋市博物館に行きました。

開催中の特別展「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」が翌30日までなので、館内は大変混雑していました。

名古屋市博物館200811_01

近畿周辺の観音霊場を巡る西国三十三所巡礼は、奈良時代に始まり、平安時代中頃に花山法皇によって盛んになったといわれているそうです。
今回の展覧会は、今年が花山法皇の一千年忌にあたることを記念したものとのこと。
三十三所巡礼は、法華経に、観音菩薩が三十三通りに姿を変えて人々をあらゆる苦難から救済すると説かれていることに由来しているとのことです。

展覧会は、
第1章 ほとけ-観音の道
第2章 縁起-霊場のなりたちと信仰
第3章 秘宝-霊場に寄せられた祈り
第4章 法華経-観音の教えと救い
第5章 霊験像-伝えられる利益とかたち
第6章 浄土-観音の居ます場所
第7章 巡礼-人々を誘う力

の7つに分かれて展示されていました。

それぞれで印象に残ったものは…。
第一章の展示では、この展覧会最大の目玉でもあり、パンフレットやチケット、看板などにも使われている京都・清水寺奥之院の本尊で秘仏の「千手観音坐像」。
その穏やかな表情を見ているだけで、心も穏やかになっていきます。
清水寺の公式サイト:http://www.kiyomizudera.or.jp/

第二章の展示では、縦のサイズが普通の絵巻の半分という奈良・長谷寺の「長谷寺縁起絵巻」。
このサイズの絵巻を“小絵”というそうですが、初めて見たのでとても興味深かったです。
長谷寺の公式サイト:http://www.hasedera.or.jp/

第三章の展示では、華厳寺岐阜県揖斐川町)の「毘沙門天立像」。
毘沙門天は、北方を守護する四天王の一つです。
眼を大きく開き、威嚇する表情を見せているものの、肉付きのよい顔はなぜかユーモラスにさえ感じられました。
華厳寺の公式サイト:http://www.kegonji.or.jp/

もう一つは、11月18日から30日までの限定展示だった一乗寺兵庫県加西市)の「天台高僧像のうち慧思」。
国宝絹本著色聖徳太子及び天台高僧像10幅」の中の一幅で、まん丸な顔がとても優しく感じられました。
一乗寺を紹介している加西市のサイト:http://www.city.kasai.hyogo.jp/02kank/kanko/01itijyo.htm

第六章の展示では、奈良・東大寺の「十一面観音来迎図」。
神々しさに満ちていて、後光が画面の外までほとばしり出てくるように感じられました。
※※東大寺の公式サイト:http://www.todaiji.or.jp/

また、博物館に通じる屋根付き通路に西国三十三所を紹介するパネルが展示されていました。

名古屋市博物館200811_02

見終わると心が洗われたような気持ちになりました。



落ち葉舞い散る季節です。

今日の名古屋は、風が強く街路樹の落ち葉が歩道を舞っていました。
オフィス街では落ち葉を掃く人もあまりいないので、歩道上はどんどん落ち葉だらけになっていきます。
今日は、公園で落ち葉をはく人を見つけた話、芥川龍之介の『東洋の秋』を紹介します。

東洋の秋』(芥川龍之介)

 おれは日比谷公園を歩いてゐた。
 空には薄雲が重なり合つて、地平に近い樹々の上だけ、僅にほの青い色を残してゐる。そのせゐか秋の木の間の路は、まだ夕暮が来ない内に、砂も、石も、枯草も、しつとりと濡れてゐるらしい。いや、路の右左に枝をさしかはせた篠懸にも、露に洗はれたやうな薄明りが、やはり黄色い葉の一枚毎にかすかな陰影を交へながら、懶げに漂つてゐるのである。
 おれは籐の杖を小脇にして、火の消えた葉巻を啣へながら、別に何処へ行かうと云ふ当もなく、寂しい散歩を続けてゐた。
 そのうそ寒い路の上には、おれ以外に誰も歩いてゐない。路をさし挾んだ篠懸も、ひつそりと黄色い葉を垂らしてゐる。仄かに霧の懸つてゐる行く手の樹々の間からは、唯、噴水のしぶく音が、百年の昔も変らないやうに、小止みないさざめきを送つて来る。その上今日はどう云ふ訳か、公園の外の町の音も、まるで風の落ちた海の如く、蕭条とした木立の向うに静まり返つてしまつたらしい。――と思ふと鋭い鶴の声が、しめやかな噴水の響を圧して、遠い林の奥の池から、一二度高く空へ挙つた。
 おれは散歩を続けながらも、云ひやうのない疲労と倦怠とが、重たくおれの心の上にのしかかつてゐるのを感じてゐた。寸刻も休みない売文生活! おれはこの儘たつた一人、悩ましいおれの創作力の空に、空しく黄昏の近づくのを待つてゐなければならないのであらうか。
 さう云ふ内にこの公園にも、次第に黄昏が近づいて来た。おれの行く路の右左には、苔の匂や落葉の匂が、混つた土の匂と一しよに、しつとりと冷たく動いてゐる。その中にうす甘い匂のするのは、人知れず木の間に腐つて行く花や果物の香りかも知れない。と思へば路ばたの水たまりの中にも、誰が摘んで捨てたのか、青ざめた薔薇の花が一つ、土にもまみれずに匂つてゐた。もしこの秋の匂の中に、困憊を重ねたおれ自身を名残りなく浸す事が出来たら――
 おれは思はず足を止めた。
 おれの行く手には二人の男が、静に竹箒を動かしながら、路上に明く散り乱れた篠懸の落葉を掃いてゐる。その鳥の巣のやうな髪と云ひ、殆ど肌も蔽はない薄墨色の破れ衣と云ひ、或は又獣にも紛ひさうな手足の爪の長さと云ひ、云ふまでもなく二人とも、この公園の掃除をする人夫の類とは思はれない。のみならず更に不思議な事には、おれが立つて見てゐる間に、何処からか飛んで来た鴉が二三羽、さつと大きな輪を描くと、黙然と箒を使つてゐる二人の肩や頭の上へ、先を争つて舞ひ下つた。が、二人は依然として、砂上に秋を撒き散らした篠懸の落葉を掃いてゐる。
 おれは徐に踵を返して、火の消えた葉巻を啣へながら、寂しい篠懸の間の路を元来た方へ歩き出した。
 が、おれの心の中には、今までの疲労と倦怠との代りに、何時か静な悦びがしつとりと薄明く溢れてゐた。あの二人が死んだと思つたのは、憐むべきおれの迷ひたるに過ぎない。寒山拾得は生きてゐる。永劫の流転を閲しながらも、今日猶この公園の篠懸の落葉を掻いてゐる。あの二人が生きてゐる限り、懐しい古東洋の秋の夢は、まだ全く東京の町から消え去つてゐないのに違ひない。売文生活に疲れたおれをよみ返らせてくれる秋の夢は。
 おれは籐の杖を小脇にした儘、気軽く口笛を吹き鳴らして、篠懸の葉ばかりきらびやかな日比谷公園の門を出た。「寒山拾得は生きてゐる」と、口の内に独り呟きながら。



寒山(かんざん)拾得(じっとく)は、中国の時代の僧で詩人で、奇行が多かったと伝えられる伝説的な人物です。
ただし、私の記憶では、拾得はいつもを持っていますが、寒山巻紙を持っていたような気がします。
芥川は、なぜを持つ二人を寒山拾得と思ったのでしょうか?




富有柿を食べました。

一昨日、本巣市糸貫で収穫した富有柿を食べました。甘くてとてもおいしかったです。

富有柿200811

なぜ、食べたのが今日まで食べなかったかというと、実は、一昨日、帰宅後、熱が出て寝込んでしまいました。風邪がぶり返したものと思われます。は食べると身体が冷えるというので、今日まで我慢していました。

は、カキノキ(柿の木)になりますが、カキノキは雌雄同株の落葉樹で、学名はDiospyros kaki
その果実がと呼ばれています。
日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから、学名にもkakiの名が使われ、かつては日本原産と言われていましたが、長江流域に幅広く自生しており、東アジアの固有種と呼ぶのが正しいようです。

ところで、果実であるは、甘柿渋柿に大別されますが、甘柿渋柿の突然変異種と考えられており、日本特産の品種とのことです。
さらに、甘柿も、熟すと常に甘みを持つ完全甘柿と、種の有無・多少により成熟時に渋が残ることがある不完全甘柿に分類できるそうです。
この完全甘柿の代表的な品種が、富有柿で、岐阜県瑞穂市が発祥とのこと。
一方、不完全甘柿の代表的な品種には、愛知県が発祥の筆柿があります。

実家の父の好物なので、今回収穫したもほとんどは実家に持っていきました。



谷汲踊りを見ました。

もとす産業祭の会場で、谷汲踊りが披露されていました。

谷汲踊り200811_01
[2008年11月22日(土):もとす産業祭会場にて]

谷汲踊りは、岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲(旧谷汲村)に鎌倉時代から伝わるとされる踊りで、昭和33(1958)年に岐阜県重要無形民俗文化財の第1号に指定されたそうです。
谷汲踊りは、踊り手が“しない”と呼ばれる高さ4mの飾りを背負い、直径約70cmの大太鼓を抱えて踊るのが特徴とのこと。

谷汲踊り200811_02
[2008年11月22日(土):もとす産業祭会場にて]

この“しない”は、長さ約4mの竹を半分に割り、これを2~30本を扇の骨のような型にまとめ、これに数色の和紙で彩り、鳳凰の羽に見立てるもので、重さは40kgにもなるそうです。
鉦鼓お囃子に合わせて、“しない”を捻りながら踊る姿が勇壮でした。

谷汲踊り200811_03
[2008年11月22日(土):もとす産業祭会場にて]

私は、これまで谷汲踊りを見たことがありませんでした、この日は思いもよらず目の前で見ることができ、興味深いひとときを過ごすことができました。



柿取りに出かけました。

岐阜県本巣市(旧糸貫町)の友人のところに、柿取りに出かけました。
※本巣市の公式サイト:http://www.city.motosu.lg.jp/
ここ数年、毎年、11月23日に数名で柿取りにお邪魔していますが、今年は3連休ということもあり、連休初日の今日、22日にお邪魔しました。
今年は、台風こそ来なかったものの、8月にが降り、柿の木にも被害が出たと聞いていました。その上今週に入って、も降り、柿農家の方には大変な年だったようです。
ただ、今日は朝方は冷え込みましたが、雲一つない晴天となり、柿畑からも遠く雪の積もった伊吹山を見ることができました。
1時間半ほどで3本の富有柿の木に生っていた450個ほどの実を収穫しました。

また、この日はモレラ岐阜岐阜県本巣市)の駐車場を会場に、もとす産業祭が開催されており、友人も参加してるよさこいチーム舞乱華”が踊りの披露があるということで出かけました。

もとす産業祭2008_01

もとす産業祭2008_02

舞乱華”は小学生から大人までの男女混成チームということで、今日は3曲の踊りが披露され、満員の観客席から盛んな声援が送られていました。

晩秋を感じることのできた気持ちの良い一日にでしたが、私は再び、風邪を引いてしまったようです。



レッドクリフ PartⅠを見ました。

三国志前半のクライマックス・赤壁の戦いを、巨匠ジョン・ウー(John Woo/呉宇森)監督が100億円を投じて作り上げた歴史アクション大作という触込みの映画です。
レッドクリフ PartⅠ公式サイト:http://redcliff.jp/

三顧の礼で知られる天才軍師・諸葛孔明を演じるのは、金城武。呉の知将・周瑜役にトニー・レオン(Tony Leung Chiu Wai/梁朝偉)
一応、トニー・レオン主演となっているようですが、実質的にはこの2人のダブル主演です。
特に孔明役の金城武は、もしかすると孔明役としてはこれまでの映像化の中でも一番ではないかと思えるほどピッタリです。

映画は、三国志を知らない観客にも楽しめるように構成されています。
…が、そのため登場人物の人物造形が類型的になり、物語に深みがなくなり、全体的に平板な印象になってしまっているのが少し残念です。
特に曹操の悪役として描き方がチャイニーズマフィアの親分のようなので、曹操が小物の悪党に見えてしまいます。
もともと「三国志演義」での曹操の描き方に近いのかもしれませんが、吉川英治の「三国志」に親しんだ私には、違和感が感じられました。
曹操を、徳川家康のように魅力的な敵役に描いた吉川英治の「三国志」は、その後の日本での三国志の定番となったので、多くの日本人曹操に対するイメージは、吉川英治の「三国志」の曹操のイメージだと思います。

見終わったときの最初の感想は、“スターウォーズっぽい”でした。ハリウッド三国志を作るとこうなるのでしょうか。
しかし、壮大な戦闘シーンと華麗なアクションシーンはすばらしく、途中で観客を飽きさせない2時間25分でした。


そう考えるとなんと言っても一番目立っていたのは、華麗なアクションを見せてくれるの長坂の戦いの英雄・趙雲役のフー・ジュン(Hu Jun/胡軍)です。
この映画でも、長坂の戦いは前半の重要な場面で、趙雲劉備の子・阿斗を救出するシーンが描かれます。
私には、世界的な評価を受けた『東宮西宮』(1997)や『藍宇 情熱の嵐』(2001)での同性愛者の男性役のイメージが強かったので、少し意外でした。

また、関羽役のバーサンジャプ(Ba Sen Zha Bu)張飛役のザン・ジンシェン(Zang Jingsheng)があまりにイメージどおりなのも見どころだと思います。

来年(2009年)春に公開されるというPartⅡが楽しみです。



ヒマワリの種の思い出

名古屋市美術館では、常設企画展「河口龍夫 ―時をもった闇/飛翔を経験した種子―」が開催中〔2008年12月14日(日)まで〕でした。
この展覧会は、昨年、名古屋市美術館で開催されたヒマワリの種子をモチーフにした特別展「河口龍夫―見えないものと見えるもの」〔2007年11月3日~12月24日〕のその後を題材にした現代美術作家・河口龍夫の新作展とのこと。
昨年、展覧会に行った日を思い出し、懐かしくなりました。2007年11月20日の日記参照】
展覧会の後日譚をも思わせる作品と“闇を封印する”というコンセプトの下に制作された『《DARK BOX 2008》』が展示されていました。

常設展示室では、常設展「名品コレクション展Ⅱ」〔2009年2月8日(日)まで〕が開催されていました。
常設展示室1には、「アメデオ・モディリアーニ展」〔姫路市立美術館・2008年6月8日~8月3日〕に貸し出し中だった『おさげ髪の少女』(アメデオ・モディリアーニ)[1918年頃]と「フリーダ・カーロ」〔サンフランシスコ近代美術館・2008年6月14日~9月28日〕に貸し出し中だった『死の仮面を被った少女』(フリーダ・カーロ)[1938年]が戻ってきており、夏にはいなかったこの2作品に久しぶりに再開することができました。
※『おさげ髪の少女』(アメデオ・モディリアーニ):名古屋市美術館のサイトから
※『死の仮面を被った少女』(フリーダ・カーロ):名古屋市美術館のサイトから

常設展示室2では、『春に合掌す』(北脇昇)[1942年]と屏風装の『山は装ふ』(平岩三陽)[1937年]が印象に残りました。



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ピカソとクレーを見に行きました。

名古屋市美術では、開館20周年記念として「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代展」が開催中〔2008年12月14日(日)まで〕です。

名古屋市美術館200811_01
[名古屋市美術館:2008年11月18日(火)]

今回の展覧会は、ノルトライン=ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフにあるノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館が改修のため休館されるのを機に日本で開催されることになったそうです。
ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館のコレクションは、その質の高さでヨーロッパ屈指のものとして世界的に知られており、中でも、ピカソクレー作品のまとまったコレクションは、それぞれの各時代の代表的名作からなるものとして特に高い評価を受けているとのことです。
展覧会には、ピカソクレーの作品を中心に、マティスブラックシャガールマグリットエルンストなどの西洋近代美術を代表する作家とマックス・ベックマンをはじめとするドイツ近代を代表する作家たちの計23人の65点の作品が展示されており、20世紀前半にヨーロッパで展開された、キュビスムシュルレアリス表現主義構成主義などを一望できる展覧会です。

人気を集めていたのは、今回の展覧会の目玉展示とも言える、日本初公開の『鏡の前の女』(パブロ・ピカソ Pablo Picasso)[1937年]と、まるで五線紙に音符が並んでいるような『リズミカルな森のラクダ』(パウル・クレー Paul Klee)[1920年]でした。
※『鏡の前の女』:名古屋市美術館のサイトから
※『リズミカルな森のラクダ』:名古屋市美術館のサイトから

私が一番気に入った作品は、『黒い領主』(パウル・クレー Paul Klee)[1927年]で、しばらく見入ってしまいました。
※『黒い領主』:Erst kommt das Fressen, dann die Moralから

恥ずかしながら、私は美術館に行って中に入るまで、ピカソクレーの展覧会だと勘違いしていたので、ジョージ・グロス George Groszマックス・エルンスト Max Ernstの作品を見ることができたのはうれしい驚きでした。
※『恋わずらい』(ジョージ・グロス)[1916年]:Republica do Cafeから
※『揺らぐ女』(マックス・エルンスト)[1923年]Momina-Reveries d'artから

さらに、ルネ・マグリット Rene Magritte目玉親父(私が昔、勝手に名付けたものです。マグリットファンの皆さん、ごめんなさい)にも久しぶりに出会うことができ、感動してしまいました。
※『出会い』(ルネ・マグリット)[1926年]:Ten Dreams Fine Art Galleriesから

とても楽しめる展覧会でした。まだ、1か月近く開催されていますので、ぜひお出かけください。

名古屋市美術館200811_02
[白川公園入り口:2008年11月18日(火)]

白川公園は紅葉真っ盛りでした。



名古屋は雨の朝でした。

今朝は冷たい雨が降っていました。秋の雨の朝は、寂しい気持ちになります。
そんな気持ちを感じさせる中原中也の『修羅街輓歌』は4連で構成されています。今日紹介するのは、最後の4です。

修羅街輓歌』(中原中也)

IIII

いといと淡き今日の日は
雨蕭々と降り洒ぎ
水より淡き空気にて
林の香りすなりけり。

げに秋深き今日の日は
石の響きの如くなり。
思ひ出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。

まことや我は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。

それよかなしきわが心
いはれもなくて拳する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。



蕭々”という言葉で多くの人が思い出すのは、司馬遷の『史記』「刺客列伝」の荊軻
風蕭々として易水寒し
壮士ひとたび去ってまた還らず

という言葉でしょう。
中也も当然そのことを知っていて、この言葉を使ったのだと思いますが、その意図は私にはわかりません。




今日は、七五三です。

ただし、最近では15日にこだわらず、11月中の土日や祝日にに神社や寺にお参りすることが多いようです。
七五三は、もともと子どもが3歳5歳7歳になったときに行われていた祝いの行事が一つになったものだそうです。

子どもが3歳になったときに行われた儀式が髪置(かみおき)です。
昔は丸刈りにすると健康に役立つという言い伝えがあり、幼児の髪は剃っているのが普通でした。
子どもが3歳になり、髪を伸ばし始めるのに当たり、白髪頭になるまで長生きするようにと言う祈りを込めて、白髪に見立てた綿帽子を子どもの頭に載せる髪置の儀式を行っていました。

男の子が5歳になったときに行われた儀式が袴着(はかまぎ)です。
これは、男の子が初めて袴をはく儀式のことで、大人の正装である袴を着用することで、社会の一員となるという意味を持っていたようです。
人生でのさまざまな勝負に勝つようにとの願いを込めて、男の子に冠を着けさせて勝負の場の象徴である碁盤の上に載せ、四方の神を拝させたとのことです。

女の子が7歳になったときに行われた儀式が帯解(おびとき)です。
これは、女の子が着る着物の付け帯(紐のようなもの)をはずして、大人と同じに帯を締める行事のことで、付け帯を解くので帯解というとのことです。

‥‥‥と、ここまでは昨年(2007年)の11月15日の日記の記述です。
去年と同じでは、あまりにサボりすぎなので、今年は、七五三の句、と言っても髪置袴着帯解を詠んだ句を紹介します。

よくころぶ 髪置の子を ほめにけり  虚子

袴着や 一坐に直る 惣領子  子規

帯解や 立ち居つさする 母の顔  鬼城



今日の名古屋は、ときおり小雨の降る曇り空の一日でした。
私は、風邪気味なのか体調が優れず、午後からは横になっていましたので、稽古を休んでしまいました。



今日の名古屋は、月夜です。

今日は旧暦の十月十七日にあたり、立待月の冷たい月夜です。
こんな夜は、昔、教科書で読んだ中原中也を思い出します。

幻影』(中原中也)

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。



私の夢にピエロが出てきたことはありません(多分。覚えてはいないので…)。
最近、誰かに追いかけられたり、探されたりする夢をよく見ます。
どうもあまり良い夢ではないような気がします。




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【お知らせ】
英語のオニさんのブログ「英語のオニになる」が公開を中止されましたので、「英語のオニになる」へのリンクを削除させていただきました。
楽しく拝見させていただいていたので、とても残念ですが、『真の「英語のオニ」になるべく本格的修行を開始すること』(英語のオニさん談)になったのが理由とのことですので、私も英語のオニさんのご健闘をお祈りしたいと思っています。

英語のオニさん、たまにはこちらにも遊びに来てください。



kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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