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2008 / 08
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大雨の被害が明らかになりつつあります。

名古屋市で今日予定されていた「なごや市民総ぐるみ防災訓練」は、一昨日未明の水害の影響で中止になりました。
名古屋市内の被害は、家屋の半壊1戸床上浸水935戸床下浸水5849戸となり、名古屋市に災害救助法が適用されることになったそうです。

被害にあわれた方の一刻も早い復旧をお祈りします。



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今日から謡の稽古は『柏崎』になりました。

今日の名古屋は、午前中また結構強い雨が降りましたが、稽古場を出た午後5時ごろには雨が上がりました。

今日から、の稽古は、『柏崎』になりました。
今日の場面は、鎌倉に出ていた柏崎某郎党小太郎が、柏崎某の妻柏崎某の死とその子花若の遁世を伝えるため越後国柏崎に帰るところです。

ワキ「夢路もそいて古郷に。夢路もそいて古郷に。
   帰るやうつつなるらん。
   これは越後の國柏崎殿の御内に仕え申す。
   小太郎と申す者にて候。さても頼み奉り候柏崎殿は。
   在鎌倉にてござ候いしが。
   ただかりそめの風の心ちと仰せられ候いて。
   ほどなく空しくなり給いて候。
   また一子花若殿とてござ候いしは。
   父御の御別れを悲しみ給い。ご遁世にてござ候ほどに。
   あえなき御かたみを持ち。
   ただ今越後の國かしわ崎へと急ぎ候。
   ほしぬべき。日かげも袖や.ぬらすらん。
   日かげも袖やぬらすらん今ゆく道は雪の下。
   ひと通り降るむらしぐれ。山のうちをも過ぎゆけば。
   袖さえまさる旅ごろも。碓氷の峠うちすぎて。
   越後に早くつきにけり。越後に早く.つきにけり。
   急ぎ候ほどにこれは早や。
   越後の國かしわ崎につきて候。
   あら浅ましや人一人ござ候わねば。
   さながら茅屋となりて候はいかに。
   やがて案内を申そうずるにて候。いかに誰か御入り候。
   鎌倉より小太郎が参りたる由それそれ御申し候へ。

シテ「小太郎と申すか人までもあるまじきこなたへまいれ。
ワキ「や。これは御声にてありげに候。小太郎が参りて候。
シテ「いかに小太郎あらめずらしや。
   さて殿はいつ御帰りあるぞ。

ワキ「さん候かくと申さん為これまでは参りて候らえども。
   なにと申しあぐべきやらん。さらにおもいもよらず候。

シテ「あらふしぎや。なにとて物をば申さでさめざめとは泣くぞ。
   さて花若はいかに。

ワキ「花若殿はご遁世にてござ候。
シテ「遁世とは父ばし叱りけるか。など追手をばかけざりける。
ワキ「さまざまの御形見を持ちて参りて候。
シテ「かたみとは花若が父のむなしくなり給いたるか。
   このほどはそなたの空もなつかしく。
   たよりもうれしかりつるに。かたみをとどくる音信は。
   なかなか聞いても.恨めしきぞや。
   ただかりそめに立ちいでて。やがてと言いしその主の。
   むかし語りにはやなりて。形見をみるぞ涙なる。




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体験したことのない大雨でした。

昨日の午後11時ごろから今日の午前1時にかけて、名古屋市中心部では1時間に100mm近い大雨が降りました。
(名古屋市中区)では、一時、道路が30cmほど冠水したとのことです。
平成12年の東海豪雨以来の大雨でしたが、ただ幸いにも人的被害はなかったとのことです。
私も職場の災害対応で徹夜の夜となりました。

あぁー、疲れた。

今日は、ワシントン大行進の日です。

今から45年前の1963年8月28日、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr)らによって、人種差別撤廃を求める運動の一環としてワシントン大行進(The March on Washington for Jobs and Freedom)が行われ、20万人以上が参加しました。
その行進の途中で、キング牧師は有名な「I Have a Dream」の演説を行います。
この演説は、即興で行われたとのことですが、“I have a dream”のフレーズを何度も繰り返して、人種平等社会の実現を訴えた20世紀アメリカを代表する名演説として知られています。
また、口に出して読んでみると、“I have a dream”のフレーズの繰り返しが、独特のリズムを生んでいることにも気付かされます。

今日は、この演説の全文を紹介します。

I Have a Dream

(Delivered on the steps at the Lincoln Memorial in Washington D.C. on August 28, 1963)


Five score years ago, a great American, in whose symbolic shadow we stand signed the Emancipation Proclamation. This momentous decree came as a great beacon light of hope to millions of Negro slaves who had been seared in the flames of withering injustice. It came as a joyous daybreak to end the long night of captivity.
But one hundred years later, we must face the tragic fact that the Negro is still not free. One hundred years later, the life of the Negro is still sadly crippled by the manacles of segregation and the chains of discrimination. One hundred years later, the Negro lives on a lonely island of poverty in the midst of a vast ocean of material prosperity. One hundred years later, the Negro is still languishing in the corners of American society and finds himself an exile in his own land. So we have come here today to dramatize an appalling condition.
In a sense we have come to our nation's capital to cash a check. When the architects of our republic wrote the magnificent words of the Constitution and the declaration of Independence, they were signing a promissory note to which every American was to fall heir. This note was a promise that all men would be guaranteed the inalienable rights of life, liberty, and the pursuit of happiness.
It is obvious today that America has defaulted on this promissory note insofar as her citizens of color are concerned. Instead of honoring this sacred obligation, America has given the Negro people a bad check which has come back marked "insufficient funds." But we refuse to believe that the bank of justice is bankrupt. We refuse to believe that there are insufficient funds in the great vaults of opportunity of this nation. So we have come to cash this check -- a check that will give us upon demand the riches of freedom and the security of justice. We have also come to this hallowed spot to remind America of the fierce urgency of now. This is no time to engage in the luxury of cooling off or to take the tranquilizing drug of gradualism. Now is the time to rise from the dark and desolate valley of segregation to the sunlit path of racial justice. Now is the time to open the doors of opportunity to all of God's children. Now is the time to lift our nation from the quicksands of racial injustice to the solid rock of brotherhood.





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今日は、上村松園の亡くなった日です。

上村松園(うえむら しょうえん)〔明治8(1875)年~昭和24(1949)年〕は、明治の京都下京に生まれ育ち、女性の目から見た美人画を描いた日本画家として知られています。
その美人画には、
花がたみ』(1915)
』(1918)
草紙洗小町』(1937)
』(1938)
など、謡曲を題材とした作品も数多くあります。このうち、『』は、「葵上」が題材になっているとのことです。
※『草紙洗小町』(東京藝術大学大学美術館のサイトから)
※『』(山種美術館のサイトから)

草紙洗小町』と『』について、本人が随筆『謡曲と画題』で語っています。

謡曲と画題』(上村松園)

 下手の横好きと言いますか、私は趣味のうちでは謡曲を第一としています。
 ずっと以前から金剛巌先生について習っていますが今もって上達しません。べつだん上手になろうともしないせいか、十年一日のごとく同じ下手さをつづけている次第です。
 謡曲をやっていますと身も心も涼風に洗われたように清浄になってゆく自分を感じるのであります。
 謡曲にもちゃんとした道義観とでもいうものがあって、人間のあゆむべき正しい道とか、あるいは尚武剛気の気性を植えつけるとか、貞操の観念を強調するとか――とにかく謡曲のなかにうたわれている事柄は品位があって格調の高いものであり、それを肚の底から声を押し上げて高らかにうたうのですから、その謡い手の身も心も浄化されてゆくのは当然のことと言わねばなりません。
 それで謡曲に描かれている事象はすべてこれ絵の題材と言っていいくらいでしょう。
 よほどの高い内容をもったものでないと、謡曲にとりあげられないのですから、したがってその事象を絵に移しても、絵もまた自然と格の高い品位のあるものになるという訳であります。
 私は謡曲が好きな故か謡曲から取材して描いた絵は相当にあります。中でも「砧」や「草紙洗小町」などはその代表的なものでしょう。
 もっとも絵の材料になると言っても、文字につくられた謡曲の謂いではありません。それにつれて演出される格調の高いあの能楽の舞台面が多いのです。
 表情の移らない無表情の人の顔を能面のようなと言いますが、しかし、その無表情の能面といえども、一度名人の師がそれをつけて舞台へ出ますと、無表情どころか実に生き生きとした芸術的な表情をその一挙手一投足の間に示すものであります。
 私の先生の金剛巌さんやその他名人のつけられる面は、どれもこれも血が通っていて、能を拝見しているうちに、
「あれが能面なのであろうか」
 と疑うことがしばしばあります。そんな時にはその面はもはや面ではなくして一箇の生きた人の顔なのであります。




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ノリタケの森は秋の気配がありました。

ノリタケの森の木々の葉を揺らす風には、秋の気配が感じられました。

ノリタケの森2008
(2008年8月24日撮影)

まさに、「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」という感じでした。
この歌は、古今集に収められている藤原敏行の歌です。立秋の歌ですが、処暑を過ぎたちょうど今頃のほうが実感としてはぴったりだと思います。

秋の気配というと思い出すのは、オフコースの「秋の気配」です。

秋の気配(作詞・作曲:小田和正

あれはあなたが好きな場所
港が見下ろせるこだかい公園

あなたの声が小さくなる
僕は黙って外を見てる

眼を閉じて 息を止めて
さかのぼる ほんのひととき

……


この曲を聞くと高校時代を思い出します(年がわかるなぁ~)。



「PAPER WORK・三つの道」展に行きました。

ノリタケの森ギャラリーで昨日まで開催されていた、切り絵作家の今井眸さんの展覧会「PAPER WORK・三つの道」を見ました。今年のテーマは、『手漉き和紙 三様のコラボレーション』とのこと。

paper-work2008_01

paper-work2008_02

今回は、漉いた和紙の模様を雲や地面に見立てた作品でした。

paper-work2008_03

私のお気に入りは次の作品です。

paper-work2008_04

一緒に展覧会を開催されていた安藤眞人さんと伊藤亮子さんの作品も、和紙の特性を活かした素敵な作品でした。



今日は『敦盛』の稽古の2回目。

今日の名古屋は、天気予報では一日雨降りのはずだったのですが…。午前6時ごろにかなり強い雨が降った後は、8時ごろにはもう晴れ間も見えて、晴れたり曇ったりの一日で、真夏日に戻りました。
涼しかったのは、昨日だけ……。

今日のの稽古は、『敦盛』の2回目で、前回の続きでした。
今日の場面は、平敦盛の霊が自らの最期の場面を語り、熊谷直実のことを「今は敵ではない」と言って立ち去る最後の場面です。

シテ「かくて二月六日の夜にもなりしかば。
   親にて候経盛われらを召され。
   明日は最期の合戦たるべし。
   今宵ばかりの名残なればと。今様を謡い舞い遊びしなり。

ワキ「さてはその夜の御遊びなりけるぞや城の内に。
   さも面白き笛の音の。寄せ手の陣まで聞えしは。

シテ「それこそさしも敦盛が。最期まで持ちし笛竹の。
ワキ「音も一節を謡い遊び。
シテ「今様。
ワキ「朗詠。
シテ「聲ごえに。
地謡「拍子を揃え声をあげ。
<中ノ舞>
シテ「さる程に。御舟を始めて。
地謡「一門皆みな。我もわれもと舟に浮かめば。
   乗りおくれじと。汀にうち寄れば。
   御座船も兵船もはるかにのび給う。

シテ「せん方なみに駒を控え。あきれ果てたる。有様かな。
   かかりける所に。

地謡「かかりける所に。後より。熊谷の次郎直実。
   のがさじと。追かけたり。敦盛も。馬引っかえして。
   波の打物ぬいて。
   二打ち三打ちは打つとぞ見えしが馬の上にて。
   引っ組んで波打ち際に。落ちかさなってついに。
   打たれて失せし身の。
   因果はめぐり合いたり.敵はこれぞと打たんとするに。
   仇をば恩にて。法事の念仏してとむらはるれば。
   ついには誰も生まるべし。同じ蓮の蓮生法師。
   敵にてはなかりけり.あととむらいてたび給え.あととむらいてたびたまえ。





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今日は、処暑です。

処暑は、二十四節気の一つで、暑さが止むという意味だそうで、この頃から、夏の暑さも峠を越えると言われています。
天文学的には、太陽が天球上の黄経150度の点を通過する瞬間だそうで、今年は今日(2008年8月23日)にあたるとのことです。

今日の名古屋は、雨が降ったりやんだりで、最高気温24.1℃と40日以上続いていた真夏日が途切れたと思ったら、まさに暦どおりの涼しさを感じる一日でした。

』(中原中也)



昨日まで燃えてゐた野が
今日茫然として、曇つた空の下につづく。
一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ
秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、
草の中の、ひともとの木の中に。

僕は煙草を喫ふ。その煙が
澱んだ空気の中をくねりながら昇る。
地平線はみつめようにもみつめられない
陽炎の亡霊達が起つたり坐つたりしてゐるので、
――僕は蹲んでしまふ。

鈍い金色を帯びて、空は曇つてゐる、――相変らずだ、――
とても高いので、僕は俯いてしまふ。
僕は倦怠を観念して生きてゐるのだよ、
煙草の味が三通りくらゐにする。
死ももう、とほくはないのかもしれない……



毎年のことながら、早く涼しくならないかと思っていたにもかかわらず、夏も終わりだと思うと寂しさを感じます。



にわか雨が移動しているのが見えました。

夏休みを利用して名古屋に遊びに来ていたが新幹線で帰ることになったので、名古屋駅まで送っていきました。
新幹線の時間まで少し間があったのでミッドランドスクエアスカイプロムナードに初めて行きました。
スカイデッキは、上が開いているオープンエアなので、風を感じることができます。
今日は、ちょうど岐阜方面から雷雲名古屋に移動しているときだったので、雨が降っている所と日が差している所を一度に見ることができました。
また、にわか雨が移動していく様子も見ることができました。
名古屋駅周辺は、その30分ぐらい後、新幹線のホームに行ったころ、雨が降り始めました。



東山動物園には2種類のフラミンゴがいます。

アフリカ大陸コーナーにいるのは、ベニイロフラミンゴです。

東山動物園フラミンゴ

フラミンゴは、子育てのとき、喉にある腺からフラミンゴミルクと呼ばれる栄養豊富な分泌液を出し、これを雛に口移しで飲ませるそうです。
ピジョンミルクで子育てするのと似ています。

私は、フラミンゴと聞くと、ピンク・レディーの「サウスポー」を思い出し、口ずさんでしまいます(年がわかるなぁ)。

背番号1のすごい奴が相手
フラミンゴみたい ちょいと一本足で


この歌の作詞は、今は亡き阿久悠さんなんですね。



ナイトZOOに行きました。

東山動植物園名古屋市千種区)では、8月の土日の6日間、夜間公開〔ナイトZOO〕が開催されています。
今日は、その最終日ということもあってか、夕方からどんどんお客さんが増えてきて、午後7時を過ぎると一部の園舎では行列ができるほどの混雑でした。

東山動物園ナイトZOO2008

キリンの親子も昼間より親密な感じでした。

夜の動物園を見る機会は、めったにないので楽しいひとときを過ごすことができました。



kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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