今日は、未成年の喫煙が禁止された日です。今から100年以上前の、明治33(1900)年3月7日に
未成年者喫煙禁止法が制定されました。
これは、明治中期以降、社会問題化した青少年逸脱問題に対応する法整備の一つだそうです。
煙草は戦国時代に日本にやってきたようですが、その直後から
喫煙を悪習と考える人はいたようです。
中でも、徳川幕府の2代将軍
徳川秀忠は、
喫煙に批判的で、慶長12(1607)年に世界最初の
禁煙令を出します。しかし、翌慶長13(1608)年、14(1609)年にも同じ内容の
禁煙令を出していますので、この
禁煙令にはあまり効き目がなかったようです。そして、ついに慶長17(1612))年8月の
禁煙令では、
喫煙はもちろん、
煙草を栽培するのも、売買するのも禁止と、
煙草の全面的に禁止します。にもかかわらず、なかなか
喫煙がなくならないので、元和元(1615)年に5度目の
禁煙令を出し、
キセル狩りというキセルの没収運動まで行います。これによって、さすがに
喫煙をやめる者が続出したそうです。しかし、幕府の取り締まりも最初の2・3年だけだったので、
喫煙の習慣はすぐに復活したようです。
この
禁煙令は、形式的には明治時代になるまで存続していたとのことです。
今日から、
煙草は悪魔が日本に持ち込んだという伝説を描いた
芥川龍之介の「
煙草と悪魔」を3回に分けて紹介します。
『煙草と悪魔』〔1〕(芥川龍之介) 煙草は、本来、日本になかつた植物である。では、何時頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄年間になると、「きかぬものたばこの法度銭法度、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首が出来た程、一般に喫煙が流行するやうになつた。――
そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙(ポルトガル)人とか、西班牙(スペイン)人とか答へる。が、それは必ずしも唯一の答ではない。その外にまだ、もう一つ、伝説としての答が残つてゐる。それによると、煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである。さうして、その悪魔なるものは、天主教の伴天連か(恐らくは、フランシス上人)がはるばる日本へつれて来たのださうである。
かう云ふと、切支丹宗門の信者は、彼等のパアテルを誣ひるものとして、自分を咎めようとするかも知れない。が、自分に云はせると、これはどうも、事実らしく思はれる。何故と云へば、南蛮の神が渡来すると同時に、南蛮の悪魔が渡来すると云ふ事は――西洋の善が輸入されると同時に、西洋の悪が輸入されると云ふ事は、至極、当然な事だからである。
しかし、その悪魔が実際、煙草を持つて来たかどうか、それは、自分にも、保証する事が出来ない。尤もアナトオル・フランスの書いた物によると、悪魔は木犀草の花で、或坊さんを誘惑しようとした事があるさうである。して見ると、煙草を、日本へ持つて来たと云ふ事も、満更嘘だとばかりは、云へないであらう。よし又それが嘘にしても、その嘘は又、或意味で、存外、ほんとうに近い事があるかも知れない。――自分は、かう云ふ考へで、煙草の渡来に関する伝説を、ここに書いて見る事にした。
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