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名古屋城のロウバイは満開でした。

梅はまだ咲いていませんでしたが。ロウバイは満開でした。
名古屋城内には、10数本のロウバイが植えられているとのことです。
ロウバイ(蝋梅)は、 学名Chimonanthus praecoxで、梅の字が使われていますが、梅とはまったく別種の蝋梅科の花で、中国原産です。
17世紀中頃に日本に渡来し、中国名の「蝋梅」がそのまま和名になったとそうです。
名前の由来としては、蝋細工のような、梅に似た花から蝋梅という名になったという説と臘月(ろうげつ:陰暦の12月)に梅に似た花を咲かせるところからという説があるようです。
よく見かけるのは、園芸品種のソシンロウバイ(素心蝋梅)で、花の外側だけでなく内側も黄色いのが特徴です。
開花時期はクリスマスの頃から、3月中旬までで、お正月頃から咲き出すことが多いようです。花の少ない季節に咲く、とてもよい香りの花です。

名古屋城のロウバイ2008


このロウバイの木の横に、「青松葉事件之遺跡」の石碑がありました。
この石碑は、もとはここから南へ約100mいった実際の処刑地に建てられていたそうですが、所在不明になり現在の位置に復元されたそうです。
青松葉事件というのは、鳥羽伏見の戦争直後の慶応4(1868)年1月20日から25日にかけて起きた尾張藩内での佐幕派弾圧事件です。
京都で大政奉還後の政治的処理を行っていた14代藩主徳川慶勝は、国許から佐幕派のクーデターの動きがあるという注進を受け帰国するや、その日のうちに渡辺新左衛門在綱榊原勘解由正帰石川内蔵允照英の三重臣を「朝命によって死を賜るものなり」と告げただけで、その理由を言うことも無く、また何の抗弁の機会を与えることなく、斬首に処し、その後、藩内佐幕派の11人を斬首、20名を処罰しました。
何らかの密命を朝廷より下されていたとも言われていますが、真相はいまだにはっきりしていません。
青松葉事件という名称のは、渡辺新左衛門家が藩内に多数ある同族一門と区別するために青松葉家と称したことに由来しているとのことです。

この事件とロウバイの関係は不明です。偶然、隣に植えられただけなのでしょうか?




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kinkun

Author:kinkun
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