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今日は、血の日曜日事件のあった日です。

血の日曜日事件とは、今から103年前の1905年1月22日(現在のグレゴリオ暦、当時ロシアはユリウス暦を使用していたので、ロシアでは1月9日の日曜日)、ロシア帝国の首都サンクトペテルブルグで行われた労働者による皇宮への請願行進に対し、政府が弾圧を加えた事件のことです。

請願の内容は、労働者の法的保護、日露戦争の中止、憲法の制定、基本的人権の確立などで、行進の参加者6万人、行進に先立って行われたストライキの参加者は、サンクトペテルブルグの全労働者18万人の6割を超える11万人に達したと言われています。
この時の軍隊の発砲を伴う弾圧による死者は、一説では4,000人以上とされ、少なくとも1,000人以上死傷者が出たと言われています。
当時のロシア民衆は、ロシア正教会の影響の下、皇帝崇拝の観念をもっていたので、民衆は皇帝ニコライ2世に直訴すれば、情勢が改善されると信じていたとのこと。この事件の結果、皇帝崇拝の幻想は打ち砕かれ、ロシア第一革命につながったと言われています。

当時は、日露戦争の最中で、前年(1904年12月4日日本軍が203高地を占領し、この年の1月1日にロシア軍の旅順要塞司令官ステッセル中将が降伏、翌1月2日旅順は開城しています。
この血の日曜日事件は、ロシア国内での皇帝の権威を失墜させ、政治情勢も混沌としたため、日露戦争でのロシア敗戦の原因の一つと言われています。
その後、5月27日日本海海戦での日本の勝利により、ロシアでは戦争継続が困難となり、アメリカの仲介で10月14日ポーツマス条約を締結し、日露戦争は終結します。

この事件を題材にしたものに、ショスタコーヴィチ交響曲第11番ト短調「1905年」(作品103)があります。ショスタコーヴィチは、名古屋フィルハーモニーがよく演奏するので、私も何度か聞いたことがあります。私はこの交響曲11番ショスタコーヴィチの交響曲の中では一番好きです。



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kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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