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2008 / 01
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今日は、やぶ入りです。

やぶ入の 夢や小豆の 煮るうち蕪村
小豆粥の習慣は、小正月の頃なので、子どもが帰ってくる家ではやぶ入りの日にも小豆を煮たのでしょう。

さて、今日も、昨日に続いて漱石のところに原稿を見てもらいにくる人の話です。
ただし、昨日の青年とは違い、今日の話は、知り合いの奥さんから紹介されたです。
今まで私の所へ自分の書いたものを読んでくれと云って来たものは何人となくある。』とあるように、漱石のところに原稿を見てもらいにくる人は非常にたくさんいたようです。
そして、漱石は『知らない人の書いた読みにくい原稿を好意的に読むのがだんだん厭になって来』ています。

この話で、漱石がに話していることは、漱石自身の自戒の言葉のような気がします。
思い切って正直にならなければ駄目』で、『自分さへ十分に開放して見せれば』よいというのは、漱石自身が理想としている他人への接し方なのだと思います。


硝子戸の中』(夏目漱石)

十一

 ある奥さんがある女の人を私に紹介した。
「何か書いたものを見ていただきたいのだそうでございます」
 私は奥さんのこの言葉から、頭の中でいろいろの事を考えさせられた。今まで私の所へ自分の書いたものを読んでくれと云って来たものは何人となくある。その中には原稿紙の厚さで、一寸または二寸ぐらいの嵩になる大部のものも交っていた。それを私は時間の都合の許す限りなるべく読んだ。そうして簡単な私はただ読みさえすれば自分の頼まれた義務を果したものと心得て満足していた。ところが先方では後から新聞に出してくれと云ったり、雑誌へ載せて貰いたいと頼んだりするのが常であった。中には他に読ませるのは手段で、原稿を金に換えるのが本来の目的であるように思われるのも少なくはなかった。私は知らない人の書いた読みにくい原稿を好意的に読むのがだんだん厭になって来た。




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kinkun

Author:kinkun
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