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今日はクリスマス。今日、紹介するクリスマスの短編は、芥川龍之介の『クリスマス』です。この作品は、『少年』という連作短編の一つです。

世界中で1000万人以上の12月25日生まれの人たちが、多かれ少なかれ同じような経験をしているのでしょう(365人に1人は、今日が誕生日のはずですから…)。
作品の中に出てくる『パンス・ネエ』は、フランス語(Pince-nez)で鼻眼鏡のことです。 鼻眼鏡は、耳当てがなく、鼻を抑えるパッドが付いているのが特徴で、1840年代に現代的な物が登場し、1880年から1900年にかけて欧米で大流行しました。
また、『Essai sur les ……』もフランス語で、……についての試論という意味なので、宣教師の読んでいた本はそういう題名の本だったのでしょう。

それにしても、多くの切支丹物の作品を書き、キリスト教とのかかわりの深かった芥川が、どうして、この作品の中で保吉に、『宣教師は巧みにクリスト教の伝道へ移るのに違いない。コオランと共に剣を執ったマホメット教の伝道はまだしも剣を執った所に人間同士の尊敬なり情熱なりを示している。が、クリスト教の伝道は全然相手を尊重しない。あたかも隣りに店を出した洋服屋の存在を教えるように慇懃に神を教えるのである。あるいはそれでも知らぬ顔をすると、今度は外国語の授業料の代りに信仰を売ることを勧めるのである。殊に少年や少女などに画本や玩具を与える傍ら、ひそかに彼等の魂を天国へ誘拐しようとするのは当然犯罪と呼ばれなければならぬ。』と言わせているのでしょう。
芥川は、実はキリスト教について懐疑的だったという説もあるようです。芥川とキリスト教との関係については、多くの研究がされていますが、未だ統一的な見解はないようです。


クリスマス』(芥川龍之介)〔「少年」から〕


一 クリスマス


 昨年のクリスマスの午後、堀川保吉は須田町の角から新橋行の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の東京の道路は自働車を躍らすことも一通りではない。保吉はきょうもふだんの通り、ポケットに入れてある本を出した。が、鍛冶町へも来ないうちにとうとう読書だけは断念した。この中でも本を読もうと云うのは奇蹟を行うのと同じことである。奇蹟は彼の職業ではない。美しい円光を頂いた昔の西洋の聖者なるものの、――いや、彼の隣りにいるカトリック教の宣教師は目前に奇蹟を行っている。




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