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今日から、夏目漱石の随筆『硝子戸の中』を紹介します。

硝子戸の中(がらすどのうち)』は、大正4(1915)年1月13日から2月23日まで、途中3日間の休載をはさんで、39回にわたって朝日新聞に連載されました。慶応3(1867)年に生まれ、大正5(1916)年に亡くなった漱石にとって、『硝子戸の中』が最後のまとまった随筆になりました。

1回目で漱石は、連載の理由について述べています。
その文章の中にある「去年から欧洲では大きな戦争が始まっている。」の大きな戦争とは、大正3(1914)年7月28日に始まった第1次世界大戦のことです。この年の4月16日に、シーメンス事件で辞職した山本権兵衛首相の後を受けて、第2次大隈重信内閣が成立しています。衆議院は政友会が多数を占めていましたから、大隈内閣は立憲同志会、大隈伯後援会、中正会からなる少数与党でした。
また、「日本でもその戦争の一小部分を引き受けた。」というのは、大隈内閣が8月23日に日英同盟を理由にドイツに宣戦布告をおこなったことを指しています。
そして、「それが済むと今度は議会が解散になった。」というのは、少数与党状態を解消するために、大隈重信首相が衆議院を解散したことです。3月25日に行われたこの第12回衆議院総選挙で、政友会は184名から108名へと大敗北したのに対し、大隈内閣の与党である立憲同志会は95名から153名に大躍進し、中正会の33名、大隈伯後援会の12名とあわせて絶対過半数を得ることになります。大隈重信の政治家としての絶頂期といえます。




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kinkun

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