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夏の月 御油より出でて 赤坂や

延宝4(1676)年、芭蕉33歳のときの句です。
<夏の月の出ている時間の短さは、御油から赤坂の間を過ぎる時間ほどだ。>
この句は、夏の夜の短さと、わずか16町(1.75km)の赤坂宿と御油宿の距離の短さを詠ったものと言われています。
この句については芥川龍之介の『芭蕉雑記』が有名です。

『芭蕉雑記』(芥川龍之介)

七 耳

芭蕉の俳諧を愛する人の耳の穴をあけぬのは残念である。
もし「調べ」の美しさに全然無頓着だつたとすれば、芭蕉の俳諧の美しさも殆ど半ばしかのみこめぬであらう。
俳諧は元来歌よりも「調べ」に乏しいものでもある。
僅々十七字の活殺の中に「言葉の音楽」をも伝へることは大力量の人を待たなければならぬ。
のみならず「調べ」にのみ執するのは俳諧の本道を失したものである。
芭蕉の「調べ」を後にせよと云つたのはこの間の消息を語るものであらう。
しかし芭蕉自身の俳諧は滅多に「調べ」を忘れたことはない。
いや、時には一句の妙を「調べ」にのみ託したものさへある。

夏の月 御油より出でて 赤坂や

これは夏の月を写すために、「御油」「赤坂」等の地名の与へる色彩の感じを用ひたものである。
この手段は少しも珍らしいとは云はれぬ。
寧ろ多少陳套の譏りを招きかねぬ技巧であらう。
しかし耳に与へる効果は如何にも旅人の心らしい、悠々とした美しさに溢れてゐる。

年の市 線香買ひに 出でばやな

仮に「夏の月」の句をリブレツトオよりもスコアアのすぐれてゐる句とするならば、この句の如きは両者ともに傑出したものの一例である。
年の市に線香を買ひに出るのは物寂びたとは云ふものの、懐しい気もちにも違ひない。
その上「出でばやな」とはずみかけた調子は、宛然芭蕉その人の心の小躍りを見るやうである。
更に又下の句などを見れば、芭蕉の「調べ」を駆使するのに大自在を極めてゐたことには呆気にとられてしまふ外はない。

秋ふかき 隣は何を する人ぞ

かう云ふ荘重の「調べ」を捉へ得たものは茫々たる三百年間にたつた芭蕉一人である。
芭蕉は子弟を訓へるのに「俳諧は万葉集の心なり」と云つた。
この言葉は少しも大風呂敷ではない。
芭蕉の俳諧を愛する人の耳の穴をあけねばならぬ所以である。



芥川龍之介は、御油、赤坂という字面の色彩感が夏の月を彩っており、調べもいいと言っています。
少し深読みなのでは……







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kinkun

Author:kinkun
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