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2020 / 05
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もう一つの「仙人」は中国が舞台です。

芥川龍之介には、「仙人」という同じ題の短編小説が2作あります。
昨日、日本が舞台の「仙人」を紹介しました(2011年9月27日の日記参照)ので、今日と明日の2回に分けて、中国が舞台の「仙人」を紹介します。

この話の主人公は、鼠に芝居をさせて人に見せるのを商売にしている見世物師の李小二です。
李小二の商売は、天候に左右されることもあり、収入も安定せず、収入が0という日もしばしばあります。
でも、李小二は生きることが苦しいなどと考えたこともありません。
彼は、生きることは苦しいことなんだと考えているからです。


仙人』(芥川龍之介)〔1〕



 いつごろの話だか、わからない。北支那の市から市を渡って歩く野天の見世物師に、李小二と云う男があった。鼠に芝居をさせるのを商売にしている男である。鼠を入れて置く嚢が一つ、衣装や仮面をしまって置く笥が一つ、それから、舞台の役をする小さな屋台のような物が一つ――そのほかには、何も持っていない。
 天気がいいと、四つ辻の人通りの多い所に立って、まず、その屋台のような物を肩へのせる、それから、鼓板を叩いて、人よせに、謡を唱う。物見高い街中の事だから、大人でも子供でも、それを聞いて、足を止めない者はほとんどない。さて、まわりに人の墻が出来ると、李は嚢の中から鼠を一匹出して、それに衣装を着せたり、仮面をかぶらせたりして、屋台の鬼門道から、場へ上らせてやる。鼠は慣れていると見えて、ちょこちょこ、舞台の上を歩きながら、絹糸のように光沢のある尻尾を、二三度ものものしく動かして、ちょいと後足だけで立って見せる。更紗の衣裳の下から見える前足の蹠がうす赤い。――この鼠が、これから雑劇の所謂楔子を演じようと云う役者なのである。
 すると、見物の方では、子供だと、始から手を拍って、面白がるが、大人は、容易に感心したような顔を見せない。むしろ、冷然として、煙管を啣えたり、鼻毛をぬいたりしながら、莫迦にしたような眼で、舞台の上に周旋する鼠の役者を眺めている。けれども、曲が進むのに従って、錦切れの衣裳をつけた正旦の鼠や、黒い仮面をかぶった浄の鼠が、続々、鬼門道から這い出して来るようになると、そうして、それが、飛んだり跳ねたりしながら、李の唱う曲やその間へはいる白につれて、いろいろ所作をするようになると、見物もさすがに冷淡を装っていられなくなると見えて、追々まわりの人だかりの中から、[口+桑]〔そう〕子大などと云う声が、かかり始める。すると、李小二も、いよいよ、あぶらがのって、忙しく鼓板を叩きながら、巧に一座の鼠を使いわける。そうして「沈黒江明妃青塚恨、耐幽夢孤雁漢宮秋」とか何とか、題目正名を唱う頃になると、屋台の前へ出してある盆の中に、いつの間にか、銅銭の山が出来る。………
 が、こう云う商売をして、口を糊してゆくのは、決して容易なものではない。第一、十日と天気が悪いと口が干上ってしまう。夏は、麦が熟す時分から、例の雨期へはいるので、小さな衣裳や仮面にも、知らないうちに黴がはえる。冬もまた、風が吹くやら、雪がふるやらするので、とかく、商売がすたり易い。そう云う時には、ほかに仕方もないから、うす暗い客舎の片すみで、鼠を相手に退屈をまぎらせながら、いつもなら慌しい日の暮を、待ちかねるようにして、暮してしまう。鼠の数は、皆で、五匹で、それに李の父の名と母の名と妻の名と、それから行方の知れない二人の子の名とがつけてある。それが、嚢の口から順々に這い出して火の気のない部屋の中を、寒そうにおずおず歩いたり、履の先から膝の上へ、あぶない軽業をして這い上りながら、南豆玉のような黒い眼で、じっと、主人の顔を見つめたりすると、世故のつらさに馴れている李小二でも、さすがに時々は涙が出る。が、それは、文字通り時々で、どちらかと云えば、明日の暮しを考える屈託と、そう云う屈託を抑圧しようとする、あてどのない不愉快な感情とに心を奪われて、いじらしい鼠の姿も眼にはいらない事が多い。
 その上、この頃は、年の加減と、体の具合が悪いのとで、余計、商売に身が入らない。節廻しの長い所を唱うと、息が切れる。喉も昔のようには、冴えなくなった。この分では、いつ、どんな事が起らないとも限らない。――こう云う不安は、丁度、北支那の冬のように、このみじめな見世物師の心から、一切の日光と空気とを遮断して、しまいには、人並に生きてゆこうと云う気さえ、未練未なく枯らしてしまう。何故生きてゆくのは苦しいか、何故、苦しくとも、生きて行かなければならないか。勿論、李は一度もそう云う問題を考えて見た事がない。が、その苦しみを、不当だとは、思っている。そうして、その苦しみを与えるものを――それが何だか、李にはわからないが――無意識ながら憎んでいる。事によると、李が何にでも持っている、漠然とした反抗的な心もちは、この無意識の憎しみが、原因になっているのかも知れない。
 しかし、そうは云うものの、李も、すべての東洋人のように、運命の前には、比較的屈従を意としていない。風雪の一日を、客舎の一室で、暮らす時に、彼は、よく空腹をかかえながら、五匹の鼠に向って、こんな事を云った。「辛抱しろよ。己だって、腹がへるのや、寒いのを辛抱しているのだからな。どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え。それも、鼠よりは、いくら人間の方が、苦しいか知れないぞ………」



”ではいよいよ仙人が登場します。



仙人になる方法です。

芥川龍之介には、「仙人」という同じ題の短編小説が2作あります。
一つは大正4年に発表された中国が舞台の物語、もう一つは大正11年に発表された日本が舞台の物語です。

今日は、日本が舞台の「仙人」を紹介します。

主人公の権助は、20年間無銭で奉公すれば仙人になる方法を教えると言った医者の女房の言葉を信じて、20年間無銭で奉公します。
このような嘘を20年間つき通した医者の女房もすごいですが、それを疑いもせず、奉公した権助も本当にすごいです。
というか、馬鹿なのかもしれません。


仙人』(芥川龍之介

 皆さん。
 私は今大阪にいます、ですから大阪の話をしましょう。
 昔、大阪の町へ奉公に来た男がありました。名は何と云ったかわかりません。ただ飯炊奉公に来た男ですから、権助とだけ伝わっています。
 権助は口入れ屋の暖簾をくぐると、煙管を啣えていた番頭に、こう口の世話を頼みました。
「番頭さん。私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」
 番頭は呆気にとられたように、しばらくは口も利かずにいました。
「番頭さん。聞えませんか? 私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」
「まことに御気の毒様ですが、――」
 番頭はやっといつもの通り、煙草をすぱすぱ吸い始めました。
「手前の店ではまだ一度も、仙人なぞの口入れは引き受けた事はありませんから、どうかほかへ御出でなすって下さい。」
 すると権助は不服そうに、千草の股引の膝をすすめながら、こんな理窟を云い出しました。
「それはちと話が違うでしょう。御前さんの店の暖簾には、何と書いてあると御思いなさる? 万口入れ所と書いてあるじゃありませんか? 万と云うからは何事でも、口入れをするのがほんとうです。それともお前さんの店では暖簾の上に、嘘を書いて置いたつもりなのですか?」
 なるほどこう云われて見ると、権助が怒るのももっともです。
「いえ、暖簾に嘘がある次第ではありません。何でも仙人になれるような奉公口を探せとおっしゃるのなら、明日また御出で下さい。今日中に心当りを尋ねて置いて見ますから。」
 番頭はとにかく一時逃れに、権助の頼みを引き受けてやりました。が、どこへ奉公させたら、仙人になる修業が出来るか、もとよりそんな事なぞはわかるはずがありません。ですから一まず権助を返すと、早速番頭は近所にある医者の所へ出かけて行きました。そうして権助の事を話してから、
「いかがでしょう? 先生。仙人になる修業をするには、どこへ奉公するのが近路でしょう?」と、心配そうに尋ねました。
 これには医者も困ったのでしょう。しばらくはぼんやり腕組みをしながら、庭の松ばかり眺めていました。が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、古狐と云う渾名のある、狡猾な医者の女房です。
「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中には、きっと仙人にして見せるから。」
「左様ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います。どうも仙人と御医者様とは、どこか縁が近いような心もちが致して居りましたよ。」
 何も知らない番頭は、しきりに御時宜を重ねながら、大喜びで帰りました。
 医者は苦い顔をしたまま、その後を見送っていましたが、やがて女房に向いながら、
「お前は何と云う莫迦な事を云うのだ? もしその田舎者が何年いても、一向仙術を教えてくれぬなぞと、不平でも云い出したら、どうする気だ?」と忌々しそうに小言を云いました。
 しかし女房はあやまる所か、鼻の先でふふんと笑いながら、
「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち辛い世の中に、御飯を食べる事も出来はしません。」と、あべこべに医者をやりこめるのです。
 さて明くる日になると約束通り、田舎者の権助は番頭と一しょにやって来ました。今日はさすがに権助も、初の御目見えだと思ったせいか、紋附の羽織を着ていますが、見た所はただの百姓と少しも違った容子はありません。それが返って案外だったのでしょう。医者はまるで天竺から来た麝香獣でも見る時のように、じろじろその顔を眺めながら、
「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どう云う所から、そんな望みを起したのだ?」と、不審そうに尋ねました。すると権助が答えるには、
「別にこれと云う訣もございませんが、ただあの大阪の御城を見たら、太閤様のように偉い人でも、いつか一度は死んでしまう。して見れば人間と云うものは、いくら栄耀栄華をしても、果ないものだと思ったのです。」
「では仙人になれさえすれば、どんな仕事でもするだろうね?」
 狡猾な医者の女房は、隙かさず口を入れました。
「はい。仙人になれさえすれば、どんな仕事でもいたします。」
「それでは今日から私の所に、二十年の間奉公おし。そうすればきっと二十年目に、仙人になる術を教えてやるから。」
「左様でございますか? それは何より難有うございます。」
「その代り向う二十年の間は、一文も御給金はやらないからね。」
「はい。はい。承知いたしました。」
 それから権助は二十年間、その医者の家に使われていました。水を汲む。薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱を背負って伴をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。
 が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして慇懃に二十年間、世話になった礼を述べました。
「ついては兼ね兼ね御約束の通り、今日は一つ私にも、不老不死になる仙人の術を教えて貰いたいと思いますが。」
 権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。何しろ一文も給金をやらずに、二十年間も使った後ですから、いまさら仙術は知らぬなぞとは、云えた義理ではありません。医者はそこで仕方なしに、
「仙人になる術を知っているのは、おれの女房の方だから、女房に教えて貰うが好い。」と、素っ気なく横を向いてしまいました。
 しかし女房は平気なものです。
「では仙術を教えてやるから、その代りどんなむずかしい事でも、私の云う通りにするのだよ。さもないと仙人になれないばかりか、また向う二十年の間、御給金なしに奉公しないと、すぐに罰が当って死んでしまうからね。」
「はい。どんなむずかしい事でも、きっと仕遂げて御覧に入れます。」
 権助はほくほく喜びながら、女房の云いつけを待っていました。
「それではあの庭の松に御登り。」
 女房はこう云いつけました。もとより仙人になる術なぞは、知っているはずがありませんから、何でも権助に出来そうもない、むずかしい事を云いつけて、もしそれが出来ない時には、また向う二十年の間、ただで使おうと思ったのでしょう。しかし権助はその言葉を聞くとすぐに庭の松へ登りました。
「もっと高く。もっとずっと高く御登り。」
 女房は縁先に佇みながら、松の上の権助を見上げました。権助の着た紋附の羽織は、もうその大きな庭の松でも、一番高い梢にひらめいています。
「今度は右の手を御放し。」
 権助は左手にしっかりと、松の太枝をおさえながら、そろそろ右の手を放しました。
「それから左の手も放しておしまい。」
「おい。おい。左の手を放そうものなら、あの田舎者は落ちてしまうぜ。落ちれば下には石があるし、とても命はありゃしない。」
 医者もとうとう縁先へ、心配そうな顔を出しました。
「あなたの出る幕ではありませんよ。まあ、私に任せて御置きなさい。――さあ、左の手を放すのだよ。」
 権助はその言葉が終らない内に、思い切って左手も放しました。何しろ木の上に登ったまま、両手とも放してしまったのですから、落ちずにいる訣はありません。あっと云う間に権助の体は、権助の着ていた紋附の羽織は、松の梢から離れました。が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空へ、まるで操り人形のように、ちゃんと立止ったではありませんか?
「どうも難有うございます。おかげ様で私も一人前の仙人になれました。」
 権助は叮嚀に御時宜をすると、静かに青空を踏みながら、だんだん高い雲の中へ昇って行ってしまいました。
 医者夫婦はどうしたか、それは誰も知っていません。ただその医者の庭の松は、ずっと後までも残っていました。何でも淀屋辰五郎は、この松の雪景色を眺めるために、四抱えにも余る大木をわざわざ庭へ引かせたそうです。



権助は希望どおり、不老不死仙人となります。
ちなみに、仙人というのは、このように天に登ってなるものだそうです。
無心に奉公し続けたことが権助仙人にしたのでしょう。

芥川がこの話で言いたかったのは、権助のように馬鹿正直に信じることのできる者だけが仙人になることができ、馬鹿正直になれない近代人は、決して仙人にはなれないということなのだと思います。




今日は、芥川龍之介の短編『魔術』を紹介する2回目です。

魔術』は、同じく「赤い鳥」に発表された『蜘蛛の糸』と『杜子春』という二つの傑作に挟まれて、あまり評価は高くないようです。


魔術』(芥川龍之介)〔後〕


 私がミスラ君に魔術を教わってから、一月ばかりたった後のことです。これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座のある倶楽部の一室で、五六人の友人と、暖炉の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。
 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか、あの、大森の竹藪にしぶくような、ものさびしい音は聞えません。
 勿論窓の内の陽気なことも、明い電燈の光と言い、大きなモロッコ皮の椅子と言い、あるいはまた滑かに光っている寄木細工の床と言い、見るから精霊でも出て来そうな、ミスラ君の部屋などとは、まるで比べものにはならないのです。
 私たちは葉巻の煙の中に、しばらくは猟の話だの競馬の話だのをしていましたが、その内に一人の友人が、吸いさしの葉巻を暖炉の中に抛りこんで、私の方へ振り向きながら、
「君は近頃魔術を使うという評判だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」
「好いとも。」
 私は椅子の背に頭を靠せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄にこう答えました。
「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」
 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように私の方を眺めました。そこで私は徐に立ち上って、
「よく見ていてくれ給えよ。僕の使う魔術には、種も仕掛もないのだから。」
 私はこう言いながら、両手のカフスをまくり上げて、暖炉の中に燃え盛っている石炭を、無造作に掌の上へすくい上げました。私を囲んでいた友人たちは、これだけでも、もう荒胆を挫がれたのでしょう。皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
 そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床へ撒き散らしました。その途端です、窓の外に降る雨の音を圧して、もう一つ変った雨の音が俄に床の上から起ったのは。と言うのはまっ赤な石炭の火が、私の掌を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。
 友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采するのさえも忘れていました。
「まずちょいとこんなものさ。」
 私は得意の微笑を浮べながら、静にまた元の椅子に腰を下しました。
「こりゃ皆ほんとうの金貨かい。」
 呆気にとられていた友人の一人が、ようやくこう私に尋ねたのは、それから五分ばかりたった後のことです。
「ほんとうの金貨さ。嘘だと思ったら、手にとって見給え。」
「まさか火傷をするようなことはあるまいね。」
 友人の一人は恐る恐る、床の上の金貨を手にとって見ましたが、
「成程こりゃほんとうの金貨だ。おい、給仕、箒と塵取りとを持って来て、これを皆掃き集めてくれ。」
 給仕はすぐに言いつけられた通り、床の上の金貨を掃き集めて、堆く側のテエブルへ盛り上げました。友人たちは皆そのテエブルのまわりを囲みながら、
「ざっと二十万円くらいはありそうだね。」
「いや、もっとありそうだ。華奢なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか。」
「何しろ大した魔術を習ったものだ。石炭の火がすぐに金貨になるのだから。」
「これじゃ一週間とたたない内に、岩崎や三井にも負けないような金満家になってしまうだろう。」などと、口々に私の魔術を褒めそやしました。が、私はやはり椅子によりかかったまま、悠然と葉巻の煙を吐いて、
「いや、僕の魔術というやつは、一旦欲心を起したら、二度と使うことが出来ないのだ。だからこの金貨にしても、君たちが見てしまった上は、すぐにまた元の暖炉の中へ抛りこんでしまおうと思っている。」
 友人たちは私の言葉を聞くと、言い合せたように、反対し始めました。これだけの大金を元の石炭にしてしまうのは、もったいない話だと言うのです。が、私はミスラ君に約束した手前もありますから、どうしても暖炉に抛りこむと、剛情に友人たちと争いました。すると、その友人たちの中でも、一番狡猾だという評判のあるのが、鼻の先で、せせら笑いながら、
「君はこの金貨を元の石炭にしようと言う。僕たちはまたしたくないと言う。それじゃいつまでたった所で、議論が干ないのは当り前だろう。そこで僕が思うには、この金貨を元手にして、君が僕たちと骨牌をするのだ。そうしてもし君が勝ったなら、石炭にするとも何にするとも、自由に君が始末するが好い。が、もし僕たちが勝ったなら、金貨のまま僕たちへ渡し給え。そうすれば御互の申し分も立って、至極満足だろうじゃないか。」
 それでも私はまだ首を振って、容易にその申し出しに賛成しようとはしませんでした。所がその友人は、いよいよ嘲るような笑を浮べながら、私とテエブルの上の金貨とを狡るそうにじろじろ見比べて、
「君が僕たちと骨牌をしないのは、つまりその金貨を僕たちに取られたくないと思うからだろう。それなら魔術を使うために、欲心を捨てたとか何とかいう、折角の君の決心も怪しくなってくる訳じゃないか。」
「いや、何も僕は、この金貨が惜しいから石炭にするのじゃない。」
「それなら骨牌をやり給えな。」
 何度もこういう押問答を繰返した後で、とうとう私はその友人の言葉通り、テエブルの上の金貨を元手に、どうしても骨牌を闘わせなければならない羽目に立ち至りました。勿論友人たちは皆大喜びで、すぐにトランプを一組取り寄せると、部屋の片隅にある骨牌机を囲みながら、まだためらい勝ちな私を早く早くと急き立てるのです。
 ですから私も仕方がなく、しばらくの間は友人たちを相手に、嫌々骨牌をしていました。が、どういうものか、その夜に限って、ふだんは格別骨牌上手でもない私が、嘘のようにどんどん勝つのです。するとまた妙なもので、始は気のりもしなかったのが、だんだん面白くなり始めて、ものの十分とたたない内に、いつか私は一切を忘れて、熱心に骨牌を引き始めました。
 友人たちは、元より私から、あの金貨を残らず捲き上げるつもりで、わざわざ骨牌を始めたのですから、こうなると皆あせりにあせって、ほとんど血相さえ変るかと思うほど、夢中になって勝負を争い出しました。が、いくら友人たちが躍起となっても、私は一度も負けないばかりか、とうとうしまいには、あの金貨とほぼ同じほどの金高だけ、私の方が勝ってしまったじゃありませんか。するとさっきの人の悪い友人が、まるで、気違いのような勢いで、私の前に、札をつきつけながら、
「さあ、引き給え。僕は僕の財産をすっかり賭ける。地面も、家作も、馬も、自働車も、一つ残らず賭けてしまう。その代り君はあの金貨のほかに、今まで君が勝った金をことごとく賭けるのだ。さあ、引き給え。」
 私はこの刹那に欲が出ました。テエブルの上に積んである、山のような金貨ばかりか、折角私が勝った金さえ、今度運悪く負けたが最後、皆相手の友人に取られてしまわなければなりません。のみならずこの勝負に勝ちさえすれば、私は向うの全財産を一度に手へ入れることが出来るのです。こんな時に使わなければどこに魔術などを教わった、苦心の甲斐があるのでしょう。そう思うと私は矢も楯もたまらなくなって、そっと魔術を使いながら、決闘でもするような勢いで、
「よろしい。まず君から引き給え。」
「九。」
「王様。」
 私は勝ち誇った声を挙げながら、まっ蒼になった相手の眼の前へ、引き当てた札を出して見せました。すると不思議にもその骨牌の王様が、まるで魂がはいったように、冠をかぶった頭を擡げて、ひょいと札の外へ体を出すと、行儀よく剣を持ったまま、にやりと気味の悪い微笑を浮べて、
「御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰リニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハシナクテモ好イヨ。」
 と、聞き覚えのある声で言うのです。と思うと、どういう訳か、窓の外に降る雨脚までが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、寂しいざんざ降りの音を立て始めました。
 ふと気がついてあたりを見廻すと、私はまだうす暗い石油ランプの光を浴びながら、まるであの骨牌の王様のような微笑を浮べているミスラ君と、向い合って坐っていたのです。
 私が指の間に挟んだ葉巻の灰さえ、やはり落ちずにたまっている所を見ても、私が一月ばかりたったと思ったのは、ほんの二三分の間に見た、夢だったのに違いありません。けれどもその二三分の短い間に、私がハッサン・カンの魔術の秘法を習う資格のない人間だということは、私自身にもミスラ君にも、明かになってしまったのです。私は恥しそうに頭を下げたまま、しばらくは口もきけませんでした。
「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです。」
 ミスラ君は気の毒そうな眼つきをしながら、縁へ赤く花模様を織り出したテエブル掛の上に肘をついて、静にこう私をたしなめました。



芥川は、なぜミスラ君に対して、魔術を“欲のある人間には使えません”と言い、“魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです”と言わせたのでしょうか。

というと悪いイメージがありますが、そもそも人間にというものがなかったら、文明の発展はありえなかったのではないでしょうか。
また、美しいもの、楽しいものに対するがさまざまな文化を育んできたのだと思います。
究極、生に対する欲望があるからこそ人間は生きているとも言えます。
だから、を捨てなければ習えないような魔術を習うことのできるような人間はいないはずです。
芥川は、この作品で、逆説的にそのような魔術はこの世に存在しないし、存在するはずがないと言いたかったように感じました。





今日と明日の2回に分けて、芥川龍之介の短編『魔術』を紹介します。

魔術』は大正9(1920)年1月に児童雑誌赤い鳥」に発表された児童文学作品です。
芥川は、「赤い鳥」には、何編かの短編を発表しており、『魔術』は大正7(1918)年に「赤い鳥」の創刊号に発表した『蜘蛛の糸』、大正8(1919)年に発表した『犬と笛』に続いて、3作目になります。
また、芥川は、同じ年に『杜子春』も「赤い鳥」で発表しています。


魔術』(芥川龍之介)〔前〕


 ある時雨の降る晩のことです。私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒を下しました。もう鼠色のペンキの剥げかかった、狭苦しい玄関には、車夫の出した提灯の明りで見ると、印度人マティラム・ミスラと日本字で書いた、これだけは新しい、瀬戸物の標札がかかっています。
 マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません。ミスラ君は永年印度の独立を計っているカルカッタ生れの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門の秘法を学んだ、年の若い魔術の大家なのです。私はちょうど一月ばかり以前から、ある友人の紹介でミスラ君と交際していましたが、政治経済の問題などはいろいろ議論したことがあっても、肝腎の魔術を使う時には、まだ一度も居合せたことがありません。そこで今夜は前以て、魔術を使って見せてくれるように、手紙で頼んで置いてから、当時ミスラ君の住んでいた、寂しい大森の町はずれまで、人力車を急がせて来たのです。
 私は雨に濡れながら、覚束ない車夫の提灯の明りを便りにその標札の下にある呼鈴の釦を押しました。すると間もなく戸が開いて、玄関へ顔を出したのは、ミスラ君の世話をしている、背の低い日本人の御婆さんです。
「ミスラ君は御出でですか。」
「いらっしゃいます。先ほどからあなた様を御待ち兼ねでございました。」
 御婆さんは愛想よくこう言いながら、すぐその玄関のつきあたりにある、ミスラ君の部屋へ私を案内しました。
「今晩は、雨の降るのによく御出ででした。」
 色のまっ黒な、眼の大きい、柔な口髭のあるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプの心を撚りながら、元気よく私に挨拶しました。
「いや、あなたの魔術さえ拝見出来れば、雨くらいは何ともありません。」
 私は椅子に腰かけてから、うす暗い石油ランプの光に照された、陰気な部屋の中を見廻しました。
 ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側に手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ――ほかにはただ我々の腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、縁へ赤く花模様を織り出した、派手なテエブル掛でさえ、今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目が露になっていました。
 私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻の箱の蓋を開けて、
「どうです。一本。」と勧めてくれました。
「難有う。」
 私は遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸の火をうつしながら、
「確かあなたの御使いになる精霊は、ジンとかいう名前でしたね。するとこれから私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」
 ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑いながら、の好い煙を吐いて、
「ジンなどという精霊があると思ったのは、もう何百年も昔のことです。アラビヤ夜話の時代のこととでも言いましょうか。私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。――御覧なさい。この手をただ、こうしさえすれば好いのです。」
 ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ三角形のようなものを描きましたが、やがてその手をテエブルの上へやると、縁へ赤く織り出した模様の花をつまみ上げました。私はびっくりして、思わず椅子をずりよせながら、よくよくその花を眺めましたが、確かにそれは今の今まで、テエブル掛の中にあった花模様の一つに違いありません。が、ミスラ君がその花を私の鼻の先へ持って来ると、ちょうど麝香か何かのように重苦しいさえするのです。私はあまりの不思議さに、何度も感嘆の声を洩しますと、ミスラ君はやはり微笑したまま、また無造作にその花をテエブル掛の上へ落しました。勿論落すともとの通り花は織り出した模様になって、つまみ上げること所か、花びら一つ自由には動かせなくなってしまうのです。「どうです。訳はないでしょう。今度は、このランプを御覧なさい。」
 ミスラ君はこう言いながら、ちょいとテエブルの上のランプを置き直しましたが、その拍子にどういう訳か、ランプはまるで独楽のように、ぐるぐる廻り始めました。それもちゃんと一所に止ったまま、ホヤを心棒のようにして、勢いよく廻り始めたのです。初の内は私も胆をつぶして、万一火事にでもなっては大変だと、何度もひやひやしましたが、ミスラ君は静に紅茶を飲みながら、一向騒ぐ容子もありません。そこで私もしまいには、すっかり度胸が据ってしまって、だんだん早くなるランプの運動を、眼も離さず眺めていました。
 また実際ランプの蓋が風を起して廻る中に、黄いろい焔がたった一つ、瞬きもせずにともっているのは、何とも言えず美しい、不思議な見物だったのです。が、その内にランプの廻るのが、いよいよ速になって行って、とうとう廻っているとは見えないほど、澄み渡ったと思いますと、いつの間にか、前のようにホヤ一つ歪んだ気色もなく、テエブルの上に据っていました。
「驚きましたか。こんなことはほんの子供瞞しですよ。それともあなたが御望みなら、もう一つ何か御覧に入れましょう。」
 ミスラ君は後を振返って、壁側の書棚を眺めましたが、やがてその方へ手をさし伸ばして、招くように指を動かすと、今度は書棚に並んでいた書物が一冊ずつ動き出して、自然にテエブルの上まで飛んで来ました。そのまた飛び方が両方へ表紙を開いて、夏の夕方に飛び交う蝙蝠のように、ひらひらと宙へ舞上るのです。私は葉巻を口へ啣えたまま、呆気にとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上りました。しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して、もとの書棚へ順々に飛び還って行くじゃありませんか。
 が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴じの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落しに私の膝へさっと下りて来たことです。どうしたのかと思って手にとって見ると、これは私が一週間ばかり前にミスラ君へ貸した覚えがある、仏蘭西の新しい小説でした。
「永々御本を難有う。」
 ミスラ君はまだ微笑を含んだ声で、こう私に礼を言いました。勿論その時はもう多くの書物が、みんなテエブルの上から書棚の中へ舞い戻ってしまっていたのです。私は夢からさめたような心もちで、暫時は挨拶さえ出来ませんでしたが、その内にさっきミスラ君の言った、「私の魔術などというものは、あなたでも使おうと思えば使えるのです。」という言葉を思い出しましたから、
「いや、兼ね兼ね評判はうかがっていましたが、あなたのお使いなさる魔術が、これほど不思議なものだろうとは、実際、思いもよりませんでした。ところで私のような人間にも、使って使えないことのないと言うのは、御冗談ではないのですか。」
「使えますとも。誰にでも造作なく使えます。ただ――」と言いかけてミスラ君はじっと私の顔を眺めながら、いつになく真面目な口調になって、
「ただ、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか。」
「出来るつもりです。」
 私はこう答えましたが、何となく不安な気もしたので、すぐにまた後から言葉を添えました。
「魔術さえ教えて頂ければ。」
 それでもミスラ君は疑わしそうな眼つきを見せましたが、さすがにこの上念を押すのは無躾だとでも思ったのでしょう。やがて大様に頷きながら、
「では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊りなさい。」
「どうもいろいろ恐れ入ります。」
 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ御礼を言いました。が、ミスラ君はそんなことに頓着する気色もなく、静に椅子から立上ると、
「御婆サン。御婆サン。今夜ハ御客様ガ御泊リニナルカラ、寝床ノ仕度ヲシテ置イテオクレ。」
 私は胸を躍らしながら、葉巻の灰をはたくのも忘れて、まともに石油ランプの光を浴びた、親切そうなミスラ君の顔を思わずじっと見上げました。

       ×          ×          ×



冒頭で芥川は、“マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません。”と書いていますが、これは、マティラム・ミスラが大正6(1917)年に、谷崎潤一郎が発表した 『ハッサン・カンの妖術』という短編の登場人物であることを意味しています。
でも、なぜ芥川は、ミスラ君に、に魔術を見せ、その上、魔術を教えようとさせたのでしょうか。



最後は語り手の感想です。

今日は、芥川龍之介の『神神の微笑』を紹介する5回目、今日で最後となります。
ここまでオルガンティノ南蛮寺の庭にいる場面とオルガンティノが幻を見る場面が繰り返されてきましたが、最後は一転して、語り手の視線から感想が書かれます。


神神の微笑』(芥川龍之介)〔5〕

 南蛮寺のパアドレ・オルガンティノは、――いや、オルガンティノに限った事ではない。悠々とアビトの裾を引いた、鼻の高い紅毛人は、黄昏の光の漂った、架空の月桂や薔薇の中から、一双の屏風へ帰って行った。南蛮船入津の図を描いた、三世紀以前の古屏風へ。
 さようなら。パアドレ・オルガンティノ! 君は今君の仲間と、日本の海辺を歩きながら、金泥の霞に旗を挙げた、大きい南蛮船を眺めている。泥烏須が勝つか、大日孁貴が勝つか――それはまだ現在でも、容易に断定は出来ないかも知れない。が、やがては我々の事業が、断定を与うべき問題である。君はその過去の海辺から、静かに我々を見てい給え。たとい君は同じ屏風の、犬を曳いた甲比丹や、日傘をさしかけた黒ん坊の子供と、忘却の眠に沈んでいても、新たに水平へ現れた、我々の黒船の石火矢の音は、必ず古めかしい君等の夢を破る時があるに違いない。それまでは、――さようなら。パアドレ・オルガンティノ! さようなら。南蛮寺のウルガン伴天連!


この場面では、時間的にも場所的にもオルガンティノとは全く異なる語り手の思いが語られます。
この語り手は、物語の世界よりも一段高い場所におり、いわば天の視点(神の視点)とも言える場所にいます。
この場面では、オルガンティノは既に南蛮図屏風の中の人物になってしまっています。
にもかかわらず、“泥烏須が勝つか、大日孁貴が勝つか――”というように、まだキリスト教日本化してしまうのかどうかの結論が出ていません。
芥川は、オルガンティノの時代の後、200年以上にわたりキリスト教が禁止されていたので、その結論はまだ出ていないと考えているのだと思います。

さて、芥川がこの小説を書いてから、まもなく90年が過ぎようとしています。
わが国では、クリスマに代表されるキリスト教の文化は日本化して受容されましたが、キリスト教の信者は人口の1%程度にとどまっています。
勝負は明らかになったようです。


kinkun

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