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最近、火事のニュースが多いです。

冬は、空気が乾燥している上、火を使う機会も増えるため、火災が多いそうです。
火事には十分気をつけたいものです。

今日は、火事が題材の夏目漱石の『永日小品』から「火事」を紹介します。
この作品は、『永日小品』の14番目の短編です。


永日小品・火事』(夏目漱石

 息が切れたから、立ち留まって仰向くと、火の粉がもう頭の上を通る。霜を置く空の澄み切って深い中に、数を尽くして飛んで来ては卒然と消えてしまう。かと思うと、すぐあとから鮮なやつが、一面に吹かれながら、追かけながら、ちらちらしながら、熾にあらわれる。そうして不意に消えて行く。その飛んでくる方角を見ると、大きな噴水を集めたように、根が一本になって、隙間なく寒い空を染めている。二三間先に大きな寺がある。長い石段の途中に太い樅が静かな枝を夜に張って、土手から高く聳えている。火はその後から起る。黒い幹と動かぬ枝をことさらに残して、余る所は真赤である。火元はこの高い土手の上に違ない。もう一町ほど行って左へ坂を上れば、現場へ出られる。
 また急ぎ足に歩き出した。後から来るものは皆追越して行く。中には擦れ違に大きな声をかけるものがある。暗い路は自ずと神経的に活きて来た。坂の下まで歩いて、いよいよ上ろうとすると、胸を突くほど急である。その急な傾斜を、人の頭がいっぱいに埋めて、上から下まで犇いている。焔は坂の真上から容赦なく舞い上る。この人の渦に捲かれて、坂の上まで押し上げられたら、踵を回らすうちに焦げてしまいそうである。
 もう半町ほど行くと、同じく左へ折れる大きな坂がある。上るならこちらが楽で安全であると思い直して、出合頭の人を煩わしく避けて、ようやく曲り角まで出ると、向うから劇しく号鈴(ベル)を鳴らして蒸汽喞筒(ポンプ)が来た。退かぬものはことごとく敷き殺すぞと云わぬばかりに人込の中を全速力で駆り立てながら、高い蹄の音と共に、馬の鼻面を坂の方へ一捻に向直した。馬は泡を吹いた口を咽喉に摺りつけて、尖った耳を前に立てたが、いきなり前足を揃えてもろに飛び出した。その時栗毛の胴が、袢天を着た男の提灯を掠めて、天鵞絨のごとく光った。紅色に塗った太い車の輪が自分の足に触れたかと思うほど際どく回った。と思うと、喞筒は一直線に坂を馳け上がった。
 坂の中途へ来たら、前は正面にあった燄が今度は筋違に後の方に見え出した。坂の上からまた左へ取って返さなければならない。横丁を見つけていると、細い路次のようなのが一つあった。人に押されて入り込むと真暗である。ただ一寸のセキもないほど詰んでいる。そうして互に懸命な声を揚げる。火は明かに向うに燃えている。
 十分の後ようやく路次を抜けて通りへ出た。その通りもまた組屋敷ぐらいな幅で、すでに人でいっぱいになっている。路次を出るや否や、さっき地を蹴って、馳け上がった蒸汽喞筒が眼の前にじっとしていた。喞筒はようやくここまで馬を動かしたが、二三間先きの曲り角に妨げられて、どうする事もできずに、焔を見物している。焔は鼻の先から燃え上がる。
 傍に押し詰められているものは口々にどこだ、どこだと号ぶ。聞かれるものは、そこだそこだと云う。けれども両方共に焔の起る所までは行かれない。燄は勢いを得て、静かな空を煽るように、凄じく上る。……
 翌日午過散歩のついでに、火元を見届ようと思う好奇心から、例の坂を上って、昨夕の路次を抜けて、蒸汽喞筒の留まっていた組屋敷へ出て、二三間先の曲角をまがって、ぶらぶら歩いて見たが、冬籠りと見える家が軒を並べてひそりと静まっているばかりである。焼け跡はどこにも見当らない。火の揚がったのはこの辺だと思われる所は、奇麗な杉垣ばかり続いて、そのうちの一軒からは微かに琴の音が洩れた。



夜の火事を体験した主人公が、次の日になってその火元を探したところ、どこにも火事の跡がなかったという話です。
主人公が見た火事は、夢だったのでしょうか。
あるいは、この話自体が主人公の妄想なのでしょうか。

結末に意外性があり、謎を残したまま終わるという構成は、漱石の『夢十夜』と雰囲気が似ています。
この余韻が残る終わり方の作品、私は好きです。



白木蓮が満開です。

今日の名古屋は雨の朝でしたが、9時前には雨も上がり、青空が見えるようになりましたが、風のとても強い一日でした。
日曜日にはまだ蕾だった実家の庭の白木蓮の花があっという間に満開になり、今日の強風でもう散り始めていました。

白木蓮200903

白木蓮の枝や花の間を通して見る空は、本当に鮮やかな青色でした。

今日は、夏目漱石の『草枕』から、白木蓮の花について書かれている部分を紹介します。

草枕』(夏目漱石)

十一 〔抜粋〕

石甃を行き尽くして左へ折れると庫裏へ出る。庫裏の前に大きな木蓮がある。ほとんど一と抱もあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。そうして枝の重なり合った上が月である。普通、枝がああ重なると、下から空は見えぬ。花があればなお見えぬ。木蓮の枝はいくら重なっても、枝と枝の間はほがらかに隙いている。木蓮は樹下に立つ人の眼を乱すほどの細い枝をいたずらには張らぬ。花さえ明かである。この遥かなる下から見上げても一輪の花は、はっきりと一輪に見える。その一輪がどこまで簇がって、どこまで咲いているか分らぬ。それにもかかわらず一輪はついに一輪で、一輪と一輪の間から、薄青い空が判然と望まれる。花の色は無論純白ではない。いたずらに白いのは寒過ぎる。専らに白いのは、ことさらに人の眼を奪う巧みが見える。木蓮の色はそれではない。極度の白きをわざと避けて、あたたかみのある淡黄に、奥床しくも自らを卑下している。余は石甃の上に立って、このおとなしい花が累々とどこまでも空裏に蔓る様を見上げて、しばらく茫然としていた。眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。
木蓮の花ばかりなる空を瞻る
と云う句を得た。どこやらで、鳩がやさしく鳴き合うている。



これほど白木蓮の花を的確に描写した文章は他にはないと思っています。



漱石の生家の話です。

今日は、漱石の生まれた家の近所の思い出話です。

話に出てくる“小倉屋”という酒屋は、『硝子戸の中(14)』で、『「どうしても宅にはありません、裏の夏目さんにはたくさんあるから、あすこへいらっしゃい。」』と言って、『とうとう金は一文も奪られ』なかったという酒屋の小倉屋のことです。
※『硝子戸の中(14)』:2008年1月24日の日記

また、“御北さん”の唄っている長唄は、おそらく『勧進帳』でしょう。長唄の『勧進帳』はその冒頭が、「旅に衣は篠懸の 旅に衣は篠懸の 露けき袖やしをるらん」です。
なお、この“小倉屋”という酒屋今も続いているようです。
小倉屋酒店のサイト:http://www.h5.dion.ne.jp/~kokuraya/index.html 


硝子戸の中』(夏目漱石)

十九

 私の旧宅は今私の住んでいる所から、四五町奥の馬場下という町にあった。町とは云い条、その実小さな宿場としか思われないくらい、小供の時の私には、寂れ切ってかつ淋しく見えた。もともと馬場下とは高田の馬場の下にあるという意味なのだから、江戸絵図で見ても、朱引内か朱引外か分らない辺鄙な隅の方にあったに違ないのである。
 それでも内蔵造の家が狭い町内に三四軒はあったろう。坂を上ると、右側に見える近江屋伝兵衛という薬種屋などはその一つであった。それから坂を下り切った所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった。もっともこの方は倉造りではなかったけれども、堀部安兵衛が高田の馬場で敵を打つ時に、ここへ立ち寄って、枡酒を飲んで行ったという履歴のある家柄であった。私はその話を小供の時分から覚えていたが、ついぞそこにしまってあるという噂の安兵衛が口を着けた枡を見たことがなかった。その代り娘の御北さんの長唄は何度となく聞いた。私は小供だから上手だか下手だかまるで解らなかったけれども、私の宅の玄関から表へ出る敷石の上に立って、通りへでも行こうとすると、御北さんの声がそこからよく聞こえたのである。春の日の午過などに、私はよく恍惚とした魂を、麗かな光に包みながら、御北さんの御浚いを聴くでもなく聴かぬでもなく、ぼんやり私の家の土蔵の白壁に身を靠たせて、佇立んでいた事がある。その御蔭で私はとうとう「旅の衣は篠懸の」などという文句をいつの間にか覚えてしまった。




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久しぶりに漱石の『硝子戸の中』を紹介します。

今日は、その十八で、漱石を訪ねてきたの話です。

硝子戸の中』のは、漱石の家を、突然、全く知らないが訪ねてきて、相談を持ちかけるという話ですが、今日のは、一応、漱石の知り合いのようです。
※『硝子戸の中・六』:2007年12月11日の日記
 『硝子戸の中・七』:2007年12月12日の日記
 『硝子戸の中・』:2007年12月13日の日記

また、その相談ごともそれほど深刻なものではないようで、は言いたいことだけ言うとあっさり帰っていってしまいます。


硝子戸の中』(夏目漱石)

十八

 私の座敷へ通されたある若い女が、「どうも自分の周囲がきちんと片づかないで困りますが、どうしたら宜しいものでしょう」と聞いた。
 この女はある親戚の宅に寄寓しているので、そこが手狭な上に、子供などが蒼蠅いのだろうと思った私の答は、すこぶる簡単であった。
「どこかさっぱりした家を探して下宿でもしたら好いでしょう」
「いえ部屋の事ではないので、頭の中がきちんと片づかないで困るのです」
 私は私の誤解を意識すると同時に、女の意味がまた解らなくなった。それでもう少し進んだ説明を彼女に求めた。
「外からは何でも頭の中に入って来ますが、それが心の中心と折合がつかないのです」
「あなたのいう心の中心とはいったいどんなものですか」
「どんなものと云って、真直な直線なのです」
 私はこの女の数学に熱心な事を知っていた。けれども心の中心が直線だという意味は無論私に通じなかった。その上中心とははたして何を意味するのか、それもほとんど不可解であった。女はこう云った。
「物には何でも中心がございましょう」
「それは眼で見る事ができ、尺度で計る事のできる物体についての話でしょう。心にも形があるんですか。そんならその中心というものをここへ出して御覧なさい」




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今日の名古屋は、弱い雨の一日でした。

今週中、雨の日が続くようで、1か月早い菜種梅雨と言っているテレビのニュース番組もありました。
テレビのニュースといえば、先週は酔っ払って醜態を晒した人が話題でしたが、今日は、酔っ払いを描いた夏目漱石の短編「人間」を紹介します。
この作品は、『永日小品』の11番目の短編です。
ところで、この作品の主人公“御作”は、『硝子戸の中・十七』に登場する床屋の主人の姪の“御作”と同一人物なのでしょうか。
※『硝子戸の中・十七』:2008年2月8日の日記


永日小品・人間』(夏目漱石)


 御作さんは起きるが早いか、まだ髪結は来ないか、髪結は来ないかと騒いでいる。髪結は昨夕たしかに頼んでおいた。ほかさまでございませんから、都合をして、是非九時までには上りますとの返事を聞いて、ようやく安心して寝たくらいである。柱時計を見ると、もう九時には五分しかない。どうしたんだろうと、いかにも焦れったそうなので、見兼ねた下女は、ちょっと見て参りましょうと出て行った。御作さんは及び腰になって、障子の前に取り出した鏡台を、立ちながら覗き込んで見た。そうして、わざと唇を開けて、上下とも奇麗に揃った白い歯を残らず露わした。すると時計が柱の上でボンボンと九時を打ち出した。御作さんは、すぐ立ち上って、間の襖を開けて、どうしたんですよ、あなたもう九時過ぎですよ。起きて下さらなくっちゃ、晩くなるじゃありませんかと云った。御作さんの旦那は九時を聞いて、今床の上に起き直ったところである。御作さんの顔を見るや否や、あいよと云いながら、気軽に立ち上がった。
 御作さんは、すぐ台所の方へ取って返して、楊枝と歯磨と石鹸と手拭を一と纏めにして、さあ、早く行っていらっしゃい、と旦那に渡した。帰りにちょっと髯を剃って来るよと、銘仙のどてらの下へ浴衣を重ねた旦那は、沓脱へ下りた。じゃ、ちょいと御待ちなさいと、御作さんはまた奥へ駆け込んだ。その間に旦那は楊枝を使い出した。御作さんは用箪笥の抽出から小さい熨斗袋を出して、中へ銀貨を入れて、持って出た。旦那は口が利けないものだから、黙って、袋を受取って格子を跨いだ。御作さんは旦那の肩の後へ、手拭の余りがぶら下がっているのを、少しの間眺めていたが、やがて、また奥へ引込んで、ちょっと鏡台の前へ坐って、再び我が姿を映して見た。それから箪笥の抽出を半分開けて、少し首を傾けた。やがて、中から何か二三点取り出して、それを畳の上へ置いて考えた。が、せっかく取り出したものを、一つだけ残して、あとは丁寧にしまってしまった。それからまた二番目の抽出を開けた。そうしてまた考えた。御作さんは、考えたり、出したり、またはしまったりするので約三十分ほど費やした。その間も始終心配そうに柱時計を眺めていた。ようやく衣裳を揃えて、大きな欝金木綿の風呂敷にくるんで、座敷の隅に押しやると、髪結が驚いたような大きな声を出して勝手口から這入って来た。どうも遅くなってすみません、と息を喘ませて言訳を云っている。御作さんは、本当に、御忙がしいところを御気の毒さまでしたねえと、長い煙管を出して髪結に煙草を呑ました。





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kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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