黒猫 The Black Cat (3)
黒ネコのタンゴ
黒猫の歌といえば、一番有名なのは『黒ネコのタンゴ』〔昭和44(1969)年10月5日発売、フィリップス〕でしょう。
この歌は、当時6歳の皆川おさむが歌い、オリコン14週連続1位という大ヒットとなったことで知られています。
『黒ネコのタンゴ』(作詞:見尾田みずほ、作曲:フランチェスコ・パガーノ Francesco Pagano)
キミはかわいい 僕の黒ネコ
赤いリボンが よく似合うよ
だけどときどき 爪を出して
僕の心をなやませる
黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
……
この歌の黒猫は、かわいらしいですが…。
今日は、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の『黒猫』の3回目です。
『黒猫』〔3〕
(エドガー・アラン・ポー)〔佐々木直次郎訳〕
この残酷な行為をやった日の晩、私は火事だという叫び声で眠りから覚まされた。私の寝台のカーテンに火がついていた。家全体が燃え上がっていた。妻と、召使と、私自身とは、やっとのことでその火災からのがれた。なにもかも焼けてしまった。私の全財産はなくなり、それ以来私は絶望に身をまかせてしまった。
この災難とあの凶行とのあいだに因果関係をつけようとするほど、私は心の弱い者ではない。しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶でも不完全にしておきたくないのである。火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。壁は、一カ所だけをのぞいて、みんな焼け落ちていた。この一カ所というのは、家の真ん中あたりにある、私の寝台の頭板に向っていた、あまり厚くない仕切壁のところであった。ここの漆喰だけはだいたい火の力に耐えていたが、――この事実を私は最近そこを塗り換えたからだろうと思った。この壁のまわりに真っ黒に人がたかっていて、多くの人々がその一部分を綿密な熱心な注意をもって調べているようだった。「妙だな!」「不思議だね?」という言葉や、その他それに似たような文句が、私の好奇心をそそった。近づいてみると、その白い表面に薄肉彫りに彫ったかのように、巨大な猫の姿が見えた。その痕はまったく驚くほど正確にあらわれていた。その動物の首のまわりには縄があった。
最初この妖怪――というのは私にはそれ以外のものとは思えなかったからだが――を見たとき、私の驚愕と恐怖とは非常なものだった。しかしあれこれと考えてみてやっと気が安まった。猫が家につづいている庭につるしてあったことを私は思い出した。火事の警報が伝わると、この庭はすぐに大勢の人でいっぱいになり、――そのなかの誰かが猫を木から切りはなして、開いていた窓から私の部屋のなかへ投げこんだものにちがいない。これはきっと私の寝ているのを起すためにやったものだろう。そこへ他の壁が落ちかかって、私の残虐の犠牲者を、その塗りたての漆喰の壁のなかへ押しつけ、そうして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。
いま述べた驚くべき事実を、自分の良心にたいしてはぜんぜんできなかったとしても、理性にたいしてはこんなにたやすく説明したのであるが、それでも、それが私の想像に深い印象を与えたことに変りはなかった。幾月ものあいだ私はその猫の幻像を払いのけることができなかった。そしてそのあいだ、悔恨に似ているがそうではないある漠然とした感情が、私の心のなかへ戻ってきた。私は猫のいなくなったことを悔むようにさえなり、そのころ行きつけの悪所でそれの代りになる同じ種類の、またいくらか似たような毛並のものがいないかと自分のまわりを捜すようにもなった。
黒猫の歌といえば、一番有名なのは『黒ネコのタンゴ』〔昭和44(1969)年10月5日発売、フィリップス〕でしょう。
この歌は、当時6歳の皆川おさむが歌い、オリコン14週連続1位という大ヒットとなったことで知られています。
『黒ネコのタンゴ』(作詞:見尾田みずほ、作曲:フランチェスコ・パガーノ Francesco Pagano)
キミはかわいい 僕の黒ネコ
赤いリボンが よく似合うよ
だけどときどき 爪を出して
僕の心をなやませる
黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
……
この歌の黒猫は、かわいらしいですが…。
今日は、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の『黒猫』の3回目です。
『黒猫』〔3〕
(エドガー・アラン・ポー)〔佐々木直次郎訳〕
この残酷な行為をやった日の晩、私は火事だという叫び声で眠りから覚まされた。私の寝台のカーテンに火がついていた。家全体が燃え上がっていた。妻と、召使と、私自身とは、やっとのことでその火災からのがれた。なにもかも焼けてしまった。私の全財産はなくなり、それ以来私は絶望に身をまかせてしまった。
この災難とあの凶行とのあいだに因果関係をつけようとするほど、私は心の弱い者ではない。しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、――一つの鐶でも不完全にしておきたくないのである。火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。壁は、一カ所だけをのぞいて、みんな焼け落ちていた。この一カ所というのは、家の真ん中あたりにある、私の寝台の頭板に向っていた、あまり厚くない仕切壁のところであった。ここの漆喰だけはだいたい火の力に耐えていたが、――この事実を私は最近そこを塗り換えたからだろうと思った。この壁のまわりに真っ黒に人がたかっていて、多くの人々がその一部分を綿密な熱心な注意をもって調べているようだった。「妙だな!」「不思議だね?」という言葉や、その他それに似たような文句が、私の好奇心をそそった。近づいてみると、その白い表面に薄肉彫りに彫ったかのように、巨大な猫の姿が見えた。その痕はまったく驚くほど正確にあらわれていた。その動物の首のまわりには縄があった。
最初この妖怪――というのは私にはそれ以外のものとは思えなかったからだが――を見たとき、私の驚愕と恐怖とは非常なものだった。しかしあれこれと考えてみてやっと気が安まった。猫が家につづいている庭につるしてあったことを私は思い出した。火事の警報が伝わると、この庭はすぐに大勢の人でいっぱいになり、――そのなかの誰かが猫を木から切りはなして、開いていた窓から私の部屋のなかへ投げこんだものにちがいない。これはきっと私の寝ているのを起すためにやったものだろう。そこへ他の壁が落ちかかって、私の残虐の犠牲者を、その塗りたての漆喰の壁のなかへ押しつけ、そうして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。
いま述べた驚くべき事実を、自分の良心にたいしてはぜんぜんできなかったとしても、理性にたいしてはこんなにたやすく説明したのであるが、それでも、それが私の想像に深い印象を与えたことに変りはなかった。幾月ものあいだ私はその猫の幻像を払いのけることができなかった。そしてそのあいだ、悔恨に似ているがそうではないある漠然とした感情が、私の心のなかへ戻ってきた。私は猫のいなくなったことを悔むようにさえなり、そのころ行きつけの悪所でそれの代りになる同じ種類の、またいくらか似たような毛並のものがいないかと自分のまわりを捜すようにもなった。



