FC2ブログ
2020 / 05
≪ 2020 / 04   - - - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - - - - -  2020 / 06 ≫

水仙の花が咲いていました。

実家の庭の片隅で水仙の花の香りがしていました。

水仙201112

名前はニホンズイセン(日本水仙)ですが、原産地は地中海沿岸だそうです。
中国を経て日本に入ったとされ、学名は、Narcissus tazetta var. chinensisです。

漢名の“水仙”を音読みして“スイセン”になったと言われています。
漢名の“水仙”は、きれいな花の姿と芳香がまるで仙人のようなことから名付けられたそうです。
また、学名でもある“Narcissus”はギリシャ神話の美少年・ナルキッソスのことで、彼は泉に映った自分の姿に恋をして、毎日その姿を見つめ続けた末に衰弱して死んでしまい、その後、泉のほとりに咲くスイセンの花になったと言われています。

洋の東西を問わず、人はスイセンの花の美しさとその香りに人知を超えたものを見出したようです。

日本でも、昔からその香りは多くの人を魅了してきました。

其のにほひ 桃より白し 水仙花 (芭蕉



初雪でした。

今日の名古屋は、寒い一日でした。
市内では夕方にも雪が舞いましたが、名古屋地方気象台の発表では午後11時過ぎに初雪を観測したそうです。
平年より4日早く、昨年より15日早いとのことです。

雪のあまり降らない太平洋側の地域では、初雪は何となくめでたい雰囲気があるようで、初雪を詠んだ句もそんなめでたさを詠んだ句が多いようです。

初雪や 幸ひ庵に まかりある (松尾芭蕉

初雪は 盆にもるべき 詠哉 (宝井其角

初雪や 正月物を 着て座る (小林一茶



明日からは寒い週末になりそうです。


今日は、忠臣蔵討ち入りの日です。

忠臣蔵で有名な元禄赤穗事件で、浅野内匠頭長矩の遺臣、大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47名(“四十七士”)は、元禄15年12月14日の深夜に吉良屋敷討ち入り吉良上野介義央を始めその家人、警護の者を殺害しました。

この元禄15年のことを、新聞などでも1702年と表記している例が多く見られますが、この12月14日は、西暦では1703年1月30日にあたります。
さらに、この“深夜”というのも、今の表現では“未明”にあたり、討ち入りの日付は、正確には1703年1月31日になります。

今日は、この西暦旧暦の違いについて述べた坂口安吾随筆月日の話』を紹介します。


月日の話』(坂口安吾

 歳末にコヨミをもらってページをくりつゝ新しい年を考える。
 今月の歴史というところを読むと、異様な気がするのである。このことは一般の人々は気付かないことで、それが普通なのだが、小説家、特に歴史小説を書いている私などから見ると、大変奇妙に思われることが多い。
 たとえば、義士の討入はころは元禄十四年極月(十二月)十四日とナニワ節にうたわれていることはたれも知る通りである。
 けれども、これは太陰暦でいってのことで、今日通用している太陽暦からいうと、たぶん、翌年の一月十何日ぐらいに当るのではないかと思う。
 今日の太陽暦というものは明治政府が採用したもので、それ以前は太陰暦であるから、一ヶ月以上のヒラキがあるのが普通である。私がこのことを肝に銘じたのは、私が島原の乱を書こうと思って文献を調べはじめた時からで、切支丹の文献は、資料が日本側と外国側と二種類あり、日本側の日付は太陰暦であるが、西洋側は太陽暦なのである。したがって、事件の発端が十二月にかかっている天草の乱の如きは、太陽暦では翌年にかかっており、太陰暦の元旦に天草の切支丹組が油断していると思って総攻撃した時、切支丹側には何でもない平日で、ために日本側は総大将が戦死するほどの大損害をこうむった。そして今日のコヨミに至っても、太陰暦の日付がそのまま太陽暦の歴史として伝えられているのである。日本の学者のズボラさ、非科学性もはなはだしというべし。
 ただ紀元節の二月十一日だけは太陰暦の元旦を太陽暦に逆算して算定したものだそうである。すべてがこのようでなければ、記念日などというものは実は全く日付違いなのである。



旧暦の12月の日付を西暦に直すときは、注意しないといけませんね。


今年もあと1か月になりました。

早いもので、今年ももう12月になってしまいました。
年々、時が過ぎるのが早く感じられのは加齢のせいでしょうか。

今日は、芭蕉が、師走名古屋で詠んだ句を紹介します。

旅寝よし 宿は師走の 夕月夜 (芭蕉

この句は、貞亨4年12月9日(1688年1月11日)、『笈の小文』の旅の途中で、名古屋の門人一井〔いっせい〕宅に招かれて、詠んだ句だそうです。



木立ダリアの花がまだ咲いていました。

実家の庭の木立ダリアが、満開から2週間経っても(2011年11月14日の日記参照)、まだ咲いていました。
1本は先週の強い北風で折れてしまったとのことです。

木立ダリア201111_03
[2011年11月26日(日)撮影]

名古屋では、今年はまだ霜が降りないので咲き続けているようです。



kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -