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久しぶりに銀閣寺を訪ねました。

先月の京都日帰り旅行(2011年8月26日の日記参照)では、白沙村荘・橋本関雪記念館2011年9月13日の日記参照)の後に、銀閣寺をおよそ30年ぶりに訪ねました。
臨済宗相国寺派の公式サイト:http://www.shokoku-ji.jp/

銀閣寺は、正式名称を東山慈照寺〔とうざん・じしょうじ〕といい、相国寺塔頭寺院の一つです。
銀閣寺の名の由来は、江戸時代初期に境内の観音堂が“銀閣”と俗称され、慈照寺全体も、金閣寺に対して、銀閣寺と称せられることとなったことによるそうです。
銀閣寺の建物は、室町幕府8代将軍の足利義政が祖父である3代将軍の義満が建てた金閣寺にならって、造営した東山山荘(東山殿)が起源で、義政の死後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられたそうです。

銀閣の屋根は柿葺き、内部は2層で、建物の下層はかつて住居だった“心空殿”、上層は観音菩薩を安置する“潮音閣”と呼ばれる漆喰の板壁に花頭窓を並べた仏堂になっているとのことです。
創建当時は、全体に黒漆が塗られていたと考えられており、最初から銀箔は使用されていなかったそうです。
東山文化の真髄たる簡素枯淡の美を映す建築物です。

銀閣寺201108_01
[2011年8月26日(金)撮影]

銀閣を望む場所に銀沙灘向月があります。
白砂が壇状にして直線の縞模様をつけデザインされた銀沙灘の幾何学的な美しさは相変わらずでした。
また、高さ180cmもある円錐盛りの向月台は、月を鑑賞するためのものといわれています。
銀閣寺201108_02
[2011年8月26日(金)撮影]

東部の山腹を登ると、湧水のお茶の井漱蘚亭跡がありました。

銀閣寺201108_03
お茶の井:2011年8月26日(金)撮影]

銀閣寺201108_04
漱蘚亭跡:2011年8月26日(金)撮影]

山道からは銀閣寺の全景を眺めることができました。

銀閣寺201108_05
[2011年8月26日(金)撮影]

また、銀閣寺は庭園を覆う美しい苔でも有名だそうです。
以前に行ったときには、全く気がつきませんでしたが、庭園の苔の美しさは圧巻でした。

銀閣寺201108_06
[2011年8月26日(金)撮影]


今日で、6回にわたった先月の京都日帰り旅行の紹介を終わります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。



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地蔵菩薩像が特別公開されていました。

先月の京都日帰り旅行(2011年8月26日の日記参照)では、南禅寺・大寧軒2011年9月11日の日記参照)と共に第36回京の夏の旅・文化財特別公開〔平成23年7月9日(土)~9月30日(金)〕で公開中の白沙村荘・橋本関雪記念館も訪ねました。
社団法人京都市観光協会第36回京の夏の旅・文化財特別公開のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2011/natsutabi11_02.html

白沙村荘201108_02
[2011年8月26日(金)撮影]

銀閣寺の近くに建つ白沙村荘は、京都画壇で格調高い画風で知られた日本画家の橋本関雪〔明治16(1883)年~昭和20(1945)年〕の邸宅だそうです。
関雪は、大正5(1916)年に、現在の白沙村荘の北半分の敷地を入手し、自ら指揮して、池を作るなどの作庭を行い、いったん庭園を完成させますが、昭和5(1930)年には南続きの敷地を入手して、北側の敷地につなげる形で池を広げるなどして庭園を作り直し、蒐集した石造品を随所に据えつつ、庭園を完成させたそうです。
関雪は、晩年に「庭を造ることも、画を描くことも一如不二のものであった」と語ったそうで、作庭にあっても飛び抜けた才能を持っていたようです。

庭園は、東山を借景とした美しい回遊式庭園で2,800坪の広さをもち、関雪が代表作の制作を行っていた大画室「存古楼」をはじめ、園内にある建物も関雪自身の設計だそうです。
木陰には蒐集していた珍しい石塔石仏灯籠などが点在し、庭園全体を関雪の一つの大きな作品として鑑賞することができるようになっています。
関雪が中国の風物なども踏まえながら、独自の感性によって作りあげられた白沙村荘は、近代の庭園の中でも独自の美しさを示す庭園として、平成15(2003)年に国の名勝に指定されています。
白沙村荘・橋本関雪記念館の公式サイト:http://www.hakusasonso.jp/

今年の京の夏の旅・文化財特別公開では、持仏堂に祀られている鎌倉期のもので重要文化財の「地蔵菩薩像」が特別公開されていました。

白沙村荘201108_03
持仏堂:2011年8月26日(金)撮影]

園内各所に配置されている石造物、重厚な石橋、竹や笹の林、白松(ハクショウ)などが中国文人世界の雰囲気を醸し出しています。

白松は、昭和初期に関雪が中国から持ち帰り庭園に植えたそうですが、この時の木は既に枯れてしまい、現在あるのはその子孫だそうです。

白沙村荘201108_04
[2011年8月26日(金)撮影]

白松は、中国の北西部が原産のマツ科常緑高木で、学名はPinus bungeana
中国では神聖な木とされ、王宮や墳墓、寺院などに植栽されているそうです。
樹皮は光沢のある淡灰色で、松葉が全て3葉なのが大きな特徴で、国内では赤坂離宮など数か所にしか植えられていないそうです。

また、竹林の中には「藪の羅漢」と呼ばれる羅漢像が置かれています。
そのお姿を見ていると、心が洗われる感じがしました。

白沙村荘201108_05
[2011年8月26日(金)撮影]

庭園内ではの花が咲き始めており、秋の気配が漂っていました。

白沙村荘201108_06
[2011年8月26日(金)撮影]


今年のテーマは“京のお屋敷と名庭園”でした。

先月の京都日帰り旅行(2011年8月26日の日記参照)で、第36回京の夏の旅・文化財特別公開〔平成23年7月9日(土)~9月30日(金)〕で公開中の南禅寺・大寧軒を訪ねました。
社団法人京都市観光協会第36回京の夏の旅・文化財特別公開のページ:http://www.kyokanko.or.jp/natsu2011/natsutabi11_02.html

大寧軒は、東山の麓、南禅寺の境内にあり、もともとは臨済宗南禅寺派塔頭寺院の一つでしたが、明治初期の廃仏毀釈により 廃寺となり、その後、明治末期にその跡に、茶道藪内流の11代家元であった薮内紹智によって、池泉回遊式庭園が作られました。

南禅寺大寧軒201108_02
[2011年8月26日(金)撮影]

庭園は、東山三十六峰の一つの大日山(標高150m)を借景にした470坪の庭園で、中央に池が配され、庭内には風情ある茶室が建ち、飛び石の打ち方や、苑路などに趣向を凝らした露地風の庭園です。

南禅寺大寧軒201108_03
[2011年8月26日(金)撮影]

流れる豊かな水は琵琶湖疏水を引き込んでいるそうです。

南禅寺大寧軒201108_04
[2011年8月26日(金)撮影]

その取水口となっている滝からのせせらぎの中に立っているのが石造りの「三柱鳥居」。
この「三柱鳥居」は、太秦京都市右京区)の蚕の社の鳥居を模したものといわれ、普通の明神鳥居を三基組み合わせた珍しい形です。

南禅寺大寧軒201108_05
[2011年8月26日(金)撮影]

庭園奥の池のほとりの待合でボランティアの説明員の方から説明を伺いました。
庭園内には、一般的な六角灯篭の他に、春日型雪見型織部型利休型などのさまざまな形の灯籠手水鉢があるという説明がありました。

利久型灯篭の右手には、2メートルの玄武岩がありました。
この石は、兵庫県城崎温泉のほとりを流れる円山川に面した玄武洞で取れたものだそうです。
江戸時代後期の文化4(1807)年幕府の儒学者・柴野栗山がここを訪れ、伝説上の動物・玄武の姿に見えることから玄武洞と名付けたそうです。
現在は、国の天然記念物となっているので、採掘・持出しは禁じられているそうです。

南禅寺大寧軒201108_06
[2011年8月26日(金)撮影]

庭内に建つ茶室環翠庵」は、公開されていませんでした。

説明が終わった頃、雨が降り出しました。
雨に濡れた庭は、まさに“三柱鳥居が佇む静謐な庭園”の雰囲気でした。

南禅寺大寧軒201108_07
[2011年8月26日(金)撮影]


さまざまな動物たちに出会いました。

先月の京都日帰り旅行(2011年8月26日の日記参照)で、特別展観「百獣の楽園-美術にすむ動物たち-」〔2011年7月16日(土)~8月28日(日)〕が開催中の京都国立博物館を訪ねました。
京都国立博物館の公式サイトの特別展観「百獣の楽園-美術にすむ動物たち-」のページ:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/index.html

京都国立博物館201108_01
[2011年8月26日(金)撮影]

この展覧会は、ゾウラクダなどの大型哺乳類、かわいらしいイヌネコウサギといった愛玩動物、擬人化されたキツネタヌキ、色鮮やかなたち、ユーモラスなカエルを始めとする迫力の霊獣などを、縄文時代から現代にいたる京都国立博物館の12,000件を超える収蔵品の中から、選りすぐりの名品で紹介する初の動物を特集した展覧会だそうです。

第1室 

展示は、体の大きな人気もの、駱駝から始まっていました。
また、同じく体の大きな動物の、も展示されていました。
ここでは、書きの名手といわれる森狙仙筆のがかわいい「雪中三獣図襖」と仙人の黄初が石をに変えたところを描いた雪舟等楊筆の重要文化財倣梁楷黄初平図」が印象に残りました。
倣梁楷黄初平図」の仙人は、どこかかわいい感じですし、山羊のようです。
また、ではなく水牛が描かれている「閻魔天曼荼羅」や、たらし込みが見事な俵谷宗達筆「牛図」も展示されていました。

第2室

の展示でした。
ここでは、猿蟹合戦が題材なのか刷毛目使った意地悪そうなの毛の描写と、筋目描きによるの水気を感じさせる描写の描きわけが絶妙な伊藤若冲筆の「猿蟹図」と、子猿を叱る親猿の様子が巧みに描かれている森狙仙筆の「猿図絵馬」が印象に残りました。
※「猿図絵馬」:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/sakuhin_img/picture02_1_2.jpg京都国立博物館のサイトから)

第3室

栗鼠の展示でした。
では目が不気味な伊藤若冲筆の「百犬図」が、ではユーモラスだが怖い化け猫を描いた河鍋暁斎筆の「惺々狂斎画帖」が、では写実的な京焼仁阿弥道作の「飴釉双兎炉蓋」が印象に残りました。
また、子だくさんの栗鼠は、子孫繁栄、安産、幸福のシンボルとなったので、同じように実がたくさんできる葡萄柘榴と共に描かれることが多かったそうです。
スローモーションを見るような栗鼠の動きが巧みな松田筆の重要文化財柘榴木鼠図」が目を引きました。

第4室

小さなの展示でした。
中国でに分類されている虫偏の蜥蜴などもここで展示されていました。

ここでは、を一匹だけ描いた構図がユニークな「蚤図扇面」と、空間の使い方が絶妙で、朝顔のつるを見上げるのとぼけた表情がいい「朝顔に蛙図襖」という長沢芦雪筆の2点が印象に残りました。

第5室

鹿の展示でした。
は名馬が、鹿は秋の象徴としてよくい描かれたとのことです。
鹿水鳥が描かれた藤原伊行筆の国宝芦手絵和漢朗詠抄」と古墳時代の「馬型埴輪」が並べて展示してあり、興味深かったです。
※「芦手絵和漢朗詠抄 二巻のうち巻上」:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/sakuhin_img/picture05_1_2.jpg京都国立博物館のサイトから)

中央室

の展示でした。
花鳥”といわれるだけあり、多数の作品が展示されていました。
ここでは、が足でを捕まえている瞬間が描かれている狩野元信筆の重要文化財四季花鳥図」、近年発見されたという狩野永徳筆の「花鳥図押絵貼屏風」、精緻な描写が印象的な狩野派の「鳥類図巻」という狩野派の画家が描いた3点が目を引きました。
また、の羽根の白黒のアラベスクが独特の伊藤若冲筆の「群鶏図障壁画」と、正面を向いた孔雀が描かれている重要文化財の「孔雀明王図」も秀逸でした。
鮮やかな色彩の99羽のが描かれた友禅染の「百鳥文様打掛」も印象に残りました。
※「四季花鳥図」:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/sakuhin_img/picture05_2.jpg京都国立博物館のサイトから)

第6室

ライオンという猛獣の展示でした。
虎の絵では、単庵智伝筆の重要文化財虎図屏風 龍虎図屏風1双のうち」や尾形光琳筆の「竹虎図」など虎をユーモラスに描いたものが目立ちました。
ユーモラスと言えば、ぎょろりとした目とピンクの口が印象的な富岡鉄斎筆の「獅子図 鳥獣図12幅の内」も目を引きました。
ここでは、文殊菩薩をかわいい子どもに、文殊菩薩の乗る獅子を恐ろしく描くという対比が絶妙な鎌倉時代の作の重要文化財文殊菩薩像」から、単純だけどシャープな造りで豹の精悍さを表現した現代美術の加藤宋厳作の「銀製豹」まで、時代を超えた造形美に出会うことができました。

第7室

擬人化された動物たちの展示でした。
狂言の「釣狐」と昔話の「分福茶釜」がモチーフの葛飾北斎筆の重要美術品狐狸図」や、十二支の動物たちが宴会を開いている重要文化財十二類絵巻 3巻のうち巻上」のように着物を着た動物たちが目を引きました。
※「十二類絵巻 三巻のうち巻上」:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/sakuhin_img/picture07_1.jpg京都国立博物館のサイトから)

第8室

ここのテーマは大集合とのこと。
現在の西洋占星術十二星座とほぼ同じ星座の描かれた重要文化財の「星曼荼羅」や、涅槃図など多彩な動物の描かれた作品が数多く展示されていました。
なお、京都長福寺所蔵の重要文化財仏涅槃図」には毛猫が描かれていますが、これはが描かれた日本最古の涅槃図だそうです。
また、黄色の付箋に名前が描かれている動植物図巻のような「花卉鳥獣図巻」も印象的でした。
なお、の絵は国井応筆、の絵は望月玉泉筆とのことです。
※「花卉鳥獣図巻」:http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/110716/sakuhin_img/picture08_2.jpg京都国立博物館のサイトから)

第9室

などの魚介類と、かつて魚介類に分類されていたの展示でした。
ここでは、動物造形としては日本最古とされるの装飾のある「蛇形装飾付土器」と、左にが、右に謎の魚が描かれている等本筆の「藻魚図」が印象に残りました。

第10室

麒麟鳳凰などの霊獣の展示でした。
ここでは、昇龍と降龍を描いた二幅の張徳輝筆の「雲龍図」と上目遣いがユーモラスな富岡鉄斎筆の「龍図 鳥獣図12幅のうち」が目を引きました。
なお、「雲龍図」は、今は左に昇龍、右に降龍ですが、元々は降龍が上、昇龍が下で、天空の母龍が海中の子龍を招く構図だったそうです。


京都国立博物館201108_02
[2011年8月26日(金)撮影]

京都駅から京都市美術館へ向かうバスの車窓で見た看板で開催を知り、急遽出かけることにした展覧会でしたが、想像した以上に充実した内容でした。
芸術家の時代を超えた動物を見るまなざしを感じることのできる展覧会でした。



若冲の水墨画に出会いました。

先週の金曜日の京都日帰り旅行(2011年8月26日の日記参照)で、夏季特別展「アートキャンパス2011-鎌倉・室町・桃山-」〔2011年7月9日(土)~9月25日(日)〕が開催中の細見美術館を訪ねました。
細見美術館の公式サイト:http://www.emuseum.or.jp/

細見美術館201108_01
[2011年8月26日(金)撮影]

この展覧会は、日本美術や美術館を楽しく受け止める機会として2009年から開催している細見美術館アートキャンパスの3回目とのことです。
今年は、細見コレクションより“鎌倉-祈りの美”、“室町-墨の彩り”、“桃山-豊潤の時代”の3つがテーマの展示でした。
また、特別展示として伊藤若冲水墨画も展示されていました。

鎌倉-祈りの美

新仏教の台頭により表現や図様に変化が生まれたものが展示されていました。
煌びやかで重厚な雰囲気が漂っていました。

ここでは2年ぶりに再開した(2009年9月3日の日記参照)重要文化財の「金銅春日神鹿御正体」が圧巻でした。
※「金銅春日神鹿御正体」:http://www.emuseum.or.jp/HDNL/img/NL11-26_2.jpg細見美術館のサイトから)

また、荘厳な感じの重要文化財金銅種子五鈷鈴」も印象に残りました。

室町-墨の彩り

鎌倉時代に中国よりもたらされ、禅宗寺院を中心に広まり、室町時代に武家や貴族にも好まれた水墨画が展示されていました。
水墨画は、人物・山水・花鳥を主題とすることが多く、禅宗との結び付きから脱俗の境地に重ねられることもしばしばとのことです。
絵師たちの高度なテクニックを今に伝える、墨の濃淡や筆運びだけであらゆる表情を画面にもたらす水墨画が展示されていました。

ここでは、共に重要美術品単庵智伝の静かな水辺の夕暮れを描いた「煙寺晩鐘図」と、太った小鳥がかわいい「梅花小禽図」が印象に残りました。

また、室町幕府4代将軍足利義持が描いたとされる「騎駿人物図」も展示されていました。

桃山-豊潤の時代

桃山時代は、豊臣秀吉が天下人だった前後の短い期間を指しますが、南蛮貿易により流入した西洋文化が隆盛になるなど、芸術的にも刺激的な時代でした。
技術・意匠共に変革期を迎えた漆工芸、さらには志野織部などの装飾的なやきものなどが展示されていました。

展覧会の冒頭に、重要文化財の「豊公吉野花見図屏風」の左隻が展示されていました。 
この屏風は、秀吉が、文禄3(1597)年の2月27日から3月1日にかけて行った吉野の花見の様子を描いていたもので、山の下の六田橋から山上まで、全山が満開の山桜に埋め尽くされ、金地に白い花が霞のように連なって見える豪華さが目を引きました。
※「豊公吉野花見図屏風」(左隻):http://www.emuseum.or.jp/HDNL/img/NL11-29.jpg細見美術館のサイトから)

また、秀吉が正室おねに宛てた自筆の書状、重要美術品豊臣秀吉自筆書状(いわ宛)」が展示されていました。
当時の慣例で宛名は侍女のいわ宛になっているそうです。

工芸品では、「縞蒔絵螺鈿箱」の美しさも目を引きました。
※「縞蒔絵螺鈿箱」:http://www.emuseum.or.jp/HDNL/img/NL11-30_3.jpg細見美術館のサイトから)

特別展示 若冲の水墨

伊藤若冲の卓越した技術と、生き物に捉える感性は、細密な花鳥図だけでなく、墨を駆使した飄逸な水墨画でも遺憾なく発揮されています。
鶏や小さな生き物を描いた4点の水墨画が展示されていました。

花卉、菊に蜻蛉、鸚鵡、烏が描かれている「花鳥図押絵貼屏風」(左隻)は、広い余白が印象的でした。
エネルギッシュな筆遣いが印象的な「群鶏図」、墨の濃淡での描きわけが巧みな「海老図」も展示されていました。

私のお気に入りは、「虻に双鶏図」です。
アブを見上げるニワトリという構図がユニークで、ニワトリのユーモラスな感じが面白かったです。
※「虻に双鶏図」:http://www.emuseum.or.jp/HDNL/img/NL11-31_2.jpg細見美術館のサイトから)


細見美術館201108_02
[2011年8月26日(金)撮影]

私が訪れたときは、ちょうど雨が降り出したこともあってか、私の他には2名しか観覧者がいませんでした。
おかげでゆったりと見て回ることができました。



kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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