上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
2017 / 03
≪ 2007 / 01   - - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 -  2007 / 02 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


赤とんぼはどこへ行ってしまったのでしょうか?

名古屋では、暑かった夏の影響か、まだ赤とんぼが飛んでいません。
平年だとお彼岸ごろには飛び始めているのですが…。

今日は、中原中也の『蜻蛉に寄す』を紹介します。
この詩は、詩集在りし日の歌」に収録された「在りし日の歌」と題した作品群の最後、42編目の作品です。
詩集在りし日の歌」には、「在りし日の歌」42編と「永訣の秋」16編が収録されています。)


蜻蛉に寄す』(中原中也

あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉が 飛んでゐる
淡い夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立つてゐる

遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕は蹲んで 石を拾ふ

その石くれの 冷たさが
漸く手中で ぬくもると
僕は放して 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く

抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに 萎えてゆく
遠くに工場の 煙突は 
夕陽に霞んで みえてゐる



中也の詩の中では、平易な言葉使いで、しかも七五調なので、とても親しみやすく感じられます。

でも、なぜ、ため息を一つついて石を拾ったのでしょうか。
そして、その石が手の中で温まるとそれを捨ててしまうのはなぜなのでしょうか。
また、夕陽を浴びている草を抜き、その抜かれた草が萎えていくのをなぜただ見ているのでしょうか。


こうした疑問に答えることなく、この詩は静かに終わってしまいます。
まるで、夕陽が沈んでしまうように…。



スポンサーサイト

春の陽気の一日でした。

今日の名古屋の最高気温は19.9℃
まだ2月というのに、桜の花が散ってしまった頃を思わせる春本番の陽気でした。


春の日の歌 (中原中也

流よ、淡き 嬌羞よ、
ながれて ゆくか 空の国?
心も とほく 散らかりて、
ヱジプト煙草 たちまよふ。

流よ、冷たき 憂ひ秘め、
ながれて ゆくか 麓までも?
まだみぬ 顔の 不可思議の
咽喉の みえる あたりまで……

午睡の 夢の ふくよかに、
野原の 空の 空のうへ?
うわあ うわあと 涕くなるか

黄色い 納屋や、白の倉、
水車の みえる 彼方まで、
ながれ ながれて ゆくなるか?



今日は、まさに芝生の上で昼寝でもすると気持ち良さそうな午後でした。
街中では、日中は上着を脱いでいる人も多く見かけました。

その上、名古屋の街は、バンクーバーオリンピック 女子フィギアスケートのショートプログラムに出場した名古屋出身の浅田真央選手と安藤美姫選手への応援の熱気で盛り上がっていました。

明後日のフリーでの二人の健闘を祈っています。



“星”とは詩のことなのでしょうか?

幼獣”とは中也自身のこと、そして作った“”とはのことなのでしょうか。
美しかったという“独語”は何を意味しているのでしょうか。

幼獣の歌 (中原中也

黒い夜草深い野にあつて、
一匹の獣が火消壺の中で
燧石を打つて、星を作つた。
冬を混ぜる 風が鳴つて。

獣はもはや、なんにも見なかつた。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒涜を迎へて。

雨後らしく思ひ出は一塊となつて
風と肩を組み、波を打つた。
あゝ なまめかしい物語――
奴隷も王女と美しかれよ。

     卵殻もどきの貴公子の微笑と
     遅鈍な子供の白血球とは、
     それな獣を怖がらす。

黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻る。
黒い夜草深い野の中で――
太古は、独語も美しかつた!……



こので、中也は自らのの創作そのものを題材にしているようです。
それは、中也を新たな段階に進ませるものだったのでしょうか。あるいは、中也の創作の行き詰まりを暗示していたのでしょうか。

その答は誰にもわかりません。
中也が、このを書いた翌年に亡くなってしまったからです。


今日は、雨の一日でした。

今日の名古屋は、10時過ぎ頃から雨が降り出し、一日、冬の冷たい雨の一日でした。
最近、どうも雨降りの日に肩こりがひどくなる傾向があります。
特に、ここ数日は左肩が痛みます。

中也も同じ悩みを抱えていたのかと思うと、この天才詩人にも親近感がわきます。

雨の降るのに (中原中也

雨の降るのに
肩が凝る
てもまあいやみな
風景よ

顔はしらむで
あぶらぎり
あばたも少しは
あらうもの

チエツ、お豆腐屋の
笛の声――
風に揺られる
炊煙よ

炊煙に降る
雨の脚
雨の降るのに
肩が凝る



寒い雨の日に肩が凝ると気分も憂鬱になります。
明日は晴れるといいですね。





風邪もすっかり良くなりました。

週末、外出することなく静かに自宅で過ごしたのが良かったのか、体調もすっかり良くなりました。
横になっている時間もかなりあり、最近の生活についていろいろと考えました。
心に余裕がないと、仕事も生活も乱れがちになるような気がします。

最近、特に仕事の面で、知らず知らずの中に無理をしていたのかもしれないと反省しています。

大好きな中也のこの詩を思い出しました。

寒い夜の自我像 (中原中也

きらびやかでもないけれど
この一本の手綱をはなさず
この陰暗の地域を過ぎる!
その志明らかなれば
冬の夜を我は嘆かず
人々の憔懆のみの愁しみや
憧れに引廻される女等の鼻唄を
わが瑣細なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。

蹌踉めくままに静もりを保ち、
聊かは儀文めいた心地をもつて
われはわが怠惰を諫める
寒月の下を往きながら。

陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、
わが魂の願ふことであつた!



陽気で、坦々として』を目標に、明日から仕事の復帰したいと考えています。


Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

01 | 2017/03 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。