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2020 / 05
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中也の秋の詩は不思議と楽しげな詩が多いです。


不思議なことに中原中也の詩は、夏の詩に悲しい詩が多いのに比べ、秋の詩には楽しげな詩が多いように感じます。

この詩でも、秋の穏やかな午後を過ごす少し楽しそうな人々が描かれています。

港市の秋 (中原中也

石崖に、朝陽が射して
秋空は美しいかぎり。
むかふに見える港は、
蝸牛の角でもあるのか

町では人々煙管の掃除。
甍は伸びをし
空は割れる。
役人の休み日――どてら姿だ。

『今度生れたら……』
海員が唄ふ。
『ぎーこたん、ばつたりしよ……』
狸婆々がうたふ。

  港の市の秋の日は、
  大人しい発狂。
  私はその日人生に、
  椅子を失くした。



この最後の4行を初めて読んだとき、中也は天才だと感じました。

今日は、中原中也の命日です。

中原中也は、今から102年前の今日〔昭和12(1937)年10月22日〕、30歳の若さで亡くなりました。

最初に知った中也は、「北の海」です。

北の海」(中原中也

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。

曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。

海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。



この詩を最初に読んだのは、中学生のときでしたが、今でも中也の詩の中では一番好きな詩です。



今年も、もうあとわずか

今年は、年の後半に経済状況が急速に悪化するなどあまり良い年ではなかったように感じます。
個人的にも冬になって、ずっーと風邪を引いていたような気がします。
紅白歌合戦も白組の勝利で終わり、窓を開けると除夜の鐘が聞こえています。
来年は、良い年になるように願って除夜の鐘を聞いています。

除夜の鐘』(中原中也)

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

それは寺院の森の霧つた空……
そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧つた空……

その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。



皆さんは、どこで、誰と除夜の鐘を聞いているのでしょうか。


昨年の元日にこのブログを始めて、2年が経ちました。
たくさんの皆さんにお越しいただき、ありがとうございました。
今年は、316日更新することができました。
来年も、自然体で継続したいと思っていますので、よろしくお願いします。




またまた風邪……

また、風邪を引いてしまい(というか、ずっと風邪を引いているようでもあるので、風邪がひどくなってしまいが正しいのかもしれませんが…)、年末年始にひどくなるといけないので、医者に行って薬を貰ってきました。

風邪薬のせいか、やたら眠くなり、午後からはほとんど寝ていました。
静かな冬の夜は物思いにはぴったりかもしれませんが、病気のときは気分が落ち込んでしまいそうになります。
今日は、中原中也の『冬の夜』を紹介します。

冬の夜』(中原中也)

みなさん今夜は静かです
薬鑵の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです

それで苦労もないのです
えもいはれない弾力の
空気のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです

えもいはれない弾力の
澄み亙つたる夜の沈黙
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです

かくて夜は更け夜は深まつて
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです

   2

空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです

空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女の手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎えるやうな 消えるやうな

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです



今では、我が家でも薬缶でお湯を沸かすことはなくなってしまったので、“薬缶の音”はしませんが、お湯の沸くときの音はいいもんですよね。
この詩を読んだ後、電気ポットでお湯を沸かしましたが、電気ポットでお湯の沸く音でも、気分の持ちようしだいで、結構いいものだと感じました。




今日はモーツァルトの命日です。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozartは、今から300年以上前の1791年12月5日にウィーンで亡くなります。
音楽評論家の吉田秀和氏が、今年3月に書いた「音楽展望」(朝日新聞:2008年3月20日)で、中原中也の結婚祝いにモーツァルトの39番のレコードを贈ったことを書いていました。
この文章を読んだときに、生前の中也と交友の会った人が今も生きていることに少し感動してしまいました。
同じ文章には、中也といっしょにバッハを聞いたという話も出てきます。

しかし、中也は、結婚〔昭和8(1933)年〕の翌年に出版した処女詩集『山羊の歌』の掉尾を飾る「いのちの声」を“僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。”という一文で始めています。
この1年に何があったのでしょうか?

いのちの声』(中原中也)


       もろもろの業、太陽のもとにては蒼ざめたるかな。
                   ――ソロモン

僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇つた空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。

僕はその寂漠の中にすつかり沈静してゐるわけでもない。
僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。
恐ろしく不動の形の中にだが、また恐ろしく憔れてゐる。
そのためにははや、食慾も性慾もあつてなきが如くでさへある。

しかし、それが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それが二つあるとは思へない、ただ一つであるとは思ふ。
しかしそれが何かは分らない、つひぞ分つたためしはない。
それに行き著く一か八かの方途さへ、悉皆分つたためしはない。

時に自分を揶揄ふやうに、僕は自分に訊いてみるのだ。
それは女か? 甘いものか? それは栄誉か?
すると心は叫ぶのだ、あれでもない、これでもない、あれでもないこれでもない!
それでは空の歌、朝、高空に、鳴響く空の歌とでもいふのであらうか?

   Ⅱ   

否何れとさへそれはいふことの出来ぬもの!
手短かに、時に説明したくなるとはいふものの、
説明なぞ出来ぬものでこそあれ、我が生は生くるに値ひするものと信ずる
それよ現実! 汚れなき幸福! あらはるものはあらはるまゝによいといふこと!

人は皆、知ると知らぬに拘らず、そのことを希望してをり、
勝敗に心覚き程は知るによしないものであれ、
それは誰も知る、放心の快感に似て、誰もが望み
誰もがこの世にある限り、完全には望み得ないもの!

併し幸福といふものが、このやうに無私の境のものであり、
かの慧敏なる商人の、称して阿呆といふでもあらう底のものとすれば、
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身の世は、
不公平なものであるよといはねばならぬ。

だが、それが此の世といふものなんで、
其処に我等は生きてをり、それは任意の不公平ではなく、
それに因て我等自身も構成されたる原理であれば、
然らば、この世に極端はないとて、一先づ休心するもよからう。

   Ⅲ   

されば要は、熱情の問題である。
汝、心の底より立腹せば
怒れよ!

さあれ、怒ることこそ
汝が最後なる目標の前にであれ、
この言ゆめゆめおろそかにする勿れ。

そは、熱情はひととき持続し、やがて熄むなるに、
その社会的効果は存続し、
汝が次なる行為への転調の障げとなるなれば。

   IIII

ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。



この詩は、“ゆふがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。”という最後の一行が、中原中也という詩人を一言で言い表す表現として引用されることの多いことでも有名です。
中也は、この後はモーツァルトを聞かなかったのでしょうか?




kinkun

Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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