2009 / 11
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柿取りに出かけました。

岐阜県本巣市(旧糸貫町)の友人のところに、柿取りに出かけました。
※本巣市の公式サイト:http://www.city.motosu.lg.jp/

もう10年以上、毎年、11月23日に数名で柿取りにお邪魔しています。
今年は、10月の台風18号(2009年10月7日の日記参照)による被害が心配されましたが、例年通り収穫できると聞き、今年も今日出かけました。
ここ数年、毎年天候には恵まれており、今日も昨日の午後から今日の未明にかけての雨が嘘のような雲一つない晴天となりました。

柿200911

1時間半ほどで3本の富有柿の木に生っていた400個ほどの実を収穫しました。

富有柿は、次郎柿とともに、代表的な完全甘柿です。
完全甘柿は、熟すと常に甘みを持ち、実が固いうちも軟らかくなってからも、甘みは変わらないとのことです。

今日、収穫した富有柿は、少し固めなので、長く味わうことができそうです。



特別展「妙心寺 禅の心と美」を見に行きました。

名古屋市博物館では、明日(2009年11月23日)まで、特別展「開山無相大師650年遠諱記念 妙心寺 禅の心と美」が開催されています。
名古屋市博物館のサイトの特別展「開山無相大師650年遠諱記念 妙心寺 禅の心と美」のページ:http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji091010.html

名古屋市博物館200911_01

この展覧会は4章で構成されていました。

第1章 妙心寺の開創
ここでは、妙心寺を創建した花園天皇と、花園天皇に迎えられて妙心寺を開創し、明治天皇から無相大師と謚された関山慧玄にまつわる品々が展示されていました。
妙心寺が所蔵する中国・明代の「瑠璃天蓋」が印象に残りました。

第2章 妙心寺派の高僧と文化
ここでは、全国の妙心寺派の寺院の仏像仏画、また、江戸時代の僧・白隠慧鶴の描いた禅画が展示されていました。
伸びやかな筆使いで描かれている東観音寺愛知県豊橋市)所蔵の「達磨図」(白隠慧鶴)がすばらしかったです。

第3章 戦国武将と妙心寺派寺院
妙心寺派の寺院には、多くの戦国武将が帰依したため、戦国時代に隆盛を極めたそうです。
ここでは、妙心寺派の寺院に残る室町将軍や戦国武将の肖像画が数多く展示されていました。
中でも、教科書などでよく見たことのある妙興寺愛知県一宮市)所蔵の重要文化財足利義教」の実物を見ることができたのは、今回の展覧会に出品されていることを知らなかったので、望外の喜びでした。

第4章 ゆかりの名宝
妙心寺は、応仁ので炎上したのちに、細川勝元政元父子によって復興し、その後、戦国大名たちの寄進によって数多くの塔頭が創建されたとのことです。
ここでは、これらの塔頭の室内を飾っていた狩野派の襖絵屏風が展示されていました。
ポスターやパンフレットにも使われている重要文化財龍虎図屏風」(狩野山楽)や重要文化財花卉図屏風」(海北友松)は圧巻でした。
※「花卉図屏風」:名古屋市博物館のサイトから

ここでは、妙心寺の塔頭の一つ春光院京都市右京区)にある「銅鐘 IHS紋入」も見ることができました。
この鐘は通称“南蛮寺の銅鐘”で、キリスト教の教会で用いられていた鐘とされ、側面の周囲に十字架とIHS(ギリシア語で、キリスト)を組み合わせた文様が鋳出されています。
※「銅鐘 IHS紋入」:春光院のサイト(英文)から

また、この地方の妙心寺派寺院が所蔵する当地にゆかりの画家による襖絵天井絵なども展示されており、中でも徳源寺名古屋市東区)の天井絵雲龍図」(川合玉堂)には見るものを圧倒する迫力がありました。
※「雲龍図」:徳源寺のサイトから

名古屋市博物館200911_02

今日の名古屋は、午後3時ごろから雨になりました。
私は午後3時半頃に入館しましたが、翌日が最終日ということもあり、閉館間近の時間になっても館内は大混雑でした。


今日の謡の稽古は、『藤永』の6回目。

今日のの稽古は、『藤永』の6回目。今日で『藤永』は終了です。
今日の場面は、最明寺時頼が叔父藤永に押領されていた月若丸の領地を月若丸に返し、また、藤永には、今後は一族の総領である月若丸のもとに一族が結束するよう諭して、本来の領地を安堵するという慈悲深い裁きを下す場面です。

ワキ「汝はあまりに過分のふるまいかな。
   総領月若をば追い出だし。賎しき海人の奴となすこと。
   前代未聞の曲事かな。われかかる姿となって諸国を巡ること。
   別の子細にあらず。在々所々において。
   汝がごとくみだんなる輩を政道せんがためなり。
   いかに月若。さぞこのほどは無念にありつらん。
   今日は最上吉日なれば。芦屋の荘七百余町のところ。
   今日よりしては月若が本領たるべし。
   まった藤永がことは。重科人のことなれば。
   いかなる流罪にも死罪にも行のうべけれども。
   よしよし慈悲は上より下り。仇をば恩にて報ずるなれば。
   汝が知行。それは相違あるべからず。
   今日よりしては総領を総領と崇め。一家繁昌たるべしと。
   重ねて下知を.下しけり。

地謡「げに有難きご政道。すぐなる時の世に出づる。
   月若が心の内。天にもあがるばかりなり。
   やがて本宅に立ち帰り.やがて本宅に立ち帰り。
   知行の道も正しく。総領庶子繁昌し.一族の栄花際もなし。
   百姓も万民も。みな朝恩に誇りて。栄うる御代とぞ.なりにける



今日の箇所はそれほど難しい謡はありませんでした。だからといってうまく謡えたわけではありませんが…。


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今日は、「河童」の第11章を紹介します。

この章では、前の章(2009年11月19日の日記参照)で、主人公が作曲家のクラバックから渡された哲学者のマッグの書いた「阿呆の言葉」という本の中身が紹介されています。

このうち、6番目と13番目と15番目にクラバックは爪の痕を残しています。
この章で、芥川クラバックに自分を重ね合わせていると思いますので、この3箇所が芥川の言いたいことでもあったのでしょう。


河童』(芥川龍之介)

十一

 これは哲学者のマッグの書いた「阿呆の言葉」の中の何章かです。――
        ×
 阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている。
        ×
 我々の自然を愛するのは自然は我々を憎んだり嫉妬したりしないためもないことはない。
        ×
 もっとも賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。
        ×
 我々のもっとも誇りたいものは我々の持っていないものだけである。
        ×
 何びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時にまた何びとも偶像になることに異存を持っているものはない。しかし偶像の台座の上に安んじてすわっていられるものはもっとも神々に恵まれたもの、――阿呆か、悪人か、英雄かである。(クラバックはこの章の上へ爪の痕をつけていました。)
        ×
 我々の生活に必要な思想は三千年前に尽きたかもしれない。我々はただ古い薪に新しい炎を加えるだけであろう。
        ×
 我々の特色は我々自身の意識を超越するのを常としている。
        ×
 幸福は苦痛を伴い、平和は倦怠を伴うとすれば、――?
        ×
 自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。疑うものは弁護士を見よ。
        ×
 矜誇、愛欲、疑惑――あらゆる罪は三千年来、この三者から発している。同時にまたおそらくはあらゆる徳も。
        ×
 物質的欲望を減ずることは必ずしも平和をもたらさない。我々は平和を得るためには精神的欲望も減じなければならぬ。(クラバックはこの章の上にも爪の痕を残していました。)
        ×
 我々は人間よりも不幸である。人間は河童ほど進化していない。(僕はこの章を読んだ時思わず笑ってしまいました。)
        ×
 成すことは成し得ることであり、成し得ることは成すことである。畢竟我々の生活はこういう循環論法を脱することはできない。――すなわち不合理に終始している。
        ×
 ボオドレエルは白痴になった後、彼の人生観をたった一語に、――女陰の一語に表白した。しかし彼自身を語るものは必ずしもこう言ったことではない。むしろ彼の天才に、――彼の生活を維持するに足る詩的天才に信頼したために胃袋の一語を忘れたことである。(この章にもやはりクラバックの爪の痕は残っていました。)
        ×
 もし理性に終始するとすれば、我々は当然我々自身の存在を否定しなければならぬ。理性を神にしたヴォルテエルの幸福に一生をおわったのはすなわち人間の河童よりも進化していないことを示すものである。



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今日は、「河童」の第10章を紹介します。

この章で、主人公は、家庭内のごたごたに悩む学生のラップを慰めようと、作曲家のクラバックのところに連れて行きますが、クラバックもふさぎ込んでいます。


河童』(芥川龍之介)



「どうしたね? きょうはまた妙にふさいでいるじゃないか?」
 その火事のあった翌日です。僕は巻煙草をくわえながら、僕の客間の椅子に腰をおろした学生のラップにこう言いました。実際またラップは右の脚の上へ左の脚をのせたまま、腐った嘴も見えないほど、ぼんやり床の上ばかり見ていたのです。
「ラップ君、どうしたね。」と言えば、
「いや、なに、つまらないことなのですよ。――」
 ラップはやっと頭をあげ、悲しい鼻声を出しました。
「僕はきょう窓の外を見ながら、『おや虫取り菫が咲いた』と何気なしにつぶやいたのです。すると僕の妹は急に顔色を変えたと思うと、『どうせわたしは虫取り菫よ』と当たり散らすじゃありませんか? おまけにまた僕のおふくろも大の妹贔屓ですから、やはり僕に食ってかかるのです。」
「虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね?」
「さあ、たぶん雄の河童をつかまえるという意味にでもとったのでしょう。そこへおふくろと仲悪い叔母も喧嘩の仲間入りをしたのですから、いよいよ大騒動になってしまいました。しかも年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの差別なしに殴り出したのです。それだけでも始末のつかないところへ僕の弟はその間におふくろの財布を盗むが早いか、キネマか何かを見にいってしまいました。僕は……ほんとうに僕はもう、……」
 ラップは両手に顔を埋め、何も言わずに泣いてしまいました。僕の同情したのはもちろんです。同時にまた家族制度に対する詩人のトックの軽蔑を思い出したのももちろんです。僕はラップの肩をたたき、一生懸命に慰めました。
「そんなことはどこでもありがちだよ。まあ勇気を出したまえ。」
「しかし……しかし嘴でも腐っていなければ、……」
「それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の家へでも行こう。」
「トックさんは僕を軽蔑しています。僕はトックさんのように大胆に家族を捨てることができませんから。」
「じゃクラバック君の家へ行こう。」
 僕はあの音楽会以来、クラバックにも友だちになっていましたから、とにかくこの大音楽家の家へラップをつれ出すことにしました。クラバックはトックに比べれば、はるかに贅沢に暮らしています。というのは資本家のゲエルのように暮らしているという意味ではありません。ただいろいろの骨董を、――タナグラの人形やペルシアの陶器を部屋いっぱいに並べた中にトルコ風の長椅子を据え、クラバック自身の肖像画の下にいつも子どもたちと遊んでいるのです。が、きょうはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をしてすわっていました。のみならずそのまた足もとには紙屑が一面に散らばっていました。ラップも詩人トックといっしょにたびたびクラバックには会っているはずです。しかしこの容子に恐れたとみえ、きょうは丁寧にお時宜をしたなり、黙って部屋の隅に腰をおろしました。




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Author:kinkun
名古屋春栄会のホームページの管理人

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